叫びが虚空へ消え収まると同時に、前方、ぱっとその場だけ電気がついたように明るくなる。そこにいたのは私と同い年くらいの男の子だった。
 全体的に体の色素が薄く、着ている着物も何の柄もない、素麺みたいにつるつるした白色だった。彼はじっと私を見ていた。ぼんやりした目。

「いや、だから、あなたもう死んでるんですって」

 真っ白な彼は素っ気なく同じ言葉を続けた。私は――言葉は、聞こえている。どういう意味かもわかる。だけど、「理解」するにはあんまりにも突然過ぎる。いやいや、あまりにも荒唐無稽過ぎて、笑える。


「な、何で私が死んじゃってるのよ!」

 わけが分からない! ……これに尽きる。

「つい最近入学したばっかりの花の女子高生なのよ!
 今日なんて特別いい日だって思えたからこれから始まる私だけのハッピーでたまにおセンチなラブロマンスにわくわくときめいてたのに!
 あ……そうか、これ夢ね! 夢!
 なーんだ、そうとわかったら、大丈夫、こういう、夢ってわかった夢は、小さい穴をこじ開けるようにしてまぶたを上げよう、上げようと努力すれば――」
「盛り上がってて悪いけど、君本当に死んでるから」


 うるさいなあ、とでも漏らしたげな彼は全体的にやる気が感じられない。さっそく「あなた」呼びから「君」と馴れ馴れしくもなっている。……白いのはその所為かしら。赤かったら私の話を熱心に聞いてくれたかもしれない。……じゃなくて。


「そっちこそ、私の話を聞きなさいよ! 私のどこが死んでるっていうのよ! ぴんぴんしてるじゃない!」
「……昨日の記憶はあるかい?」


 昨日の記憶? 予期せぬ言葉だった。
 でも昨日何したか思い出せなんて、赤ちゃんの手をひねるよりも、簡単なことじゃない。

「昨日……昨日って……」

 なのに私は、言い淀む。段々、言い訳を探すように脳みその中を自分が走る。「言い訳を探すように」、ということはつまり――私に昨日の記憶は無い。無いなんて、そんな――。だけど必死にでっち上げ、捏造しようとしている自分がいる。

「君のお父さんとお母さんの名前は? きょうだいはいる?」
「えっ……と……」

 私の名前は、思い出せる。ホウコ。漢字で書くと、宝の子。お父さんとお母さんはなかなか子供が出来なかったから、二人にとって私はまさしく宝物なのだ。そんな感動的な名前の由来も思い出せるのに、二人の名前が――出てこない。顔も、姿も、それ以外に私の家の周りとか、幼馴染とか、私の通っていた小学校や遊んだ公園とか、そういうものも、全部。


「出てこないでしょ。勿論何で死んだかも思い出せないだろうね。
 君は、ただ青春に恋に生きたいという強い願望でこの世に、とある学校にとどまっているだけの、至極暢気で無害な地縛霊なんだ」
「そんな……嘘よ、あり得ない。私は――」


 見えていないけれど、私はぎゅっと手を握り締める。すうと一呼吸して、叫ぶ。


「これから、一杯恋をして、悩んで、ドラマみたいなデートしてキスをしてそれで抱きしめられて――と、とにかく私は十六歳! セーシュンなの! まだまだ楽しいこと、いーっぱいこれから経験していく年頃なの――ッ!」
「ああ、言い忘れてた」


 私の渾身の願いなんて風の音以下だと言わんばかりだった。こいつ、とわなわなと怒りに震える私を横目に彼は何か言おうとしている。

 少し憐れんだ目をしながら、彼は微笑むようにこう告げる。



「君ね、死んでから三十年経ってるんだ。
 だから享年十六歳でも、数えればもう――四十六歳」



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