「恋っていうものは、「する」もんじゃないんだよ」
「?」
さっきの私の問いに対する、答えのようだ。
「気がついたら、もう「している」んだよ。
明確なスタートなんて、誰もわからないんだ。
でも言葉や文脈では、恋を「する」としか言えない場合も多々ある。それは仕方無い。
だけど、いやだからこそ人は「恋をする」をたびたび言い換えて、こう言うこともあるんだ。
――恋に堕ちる」
呪文のように、彼は言う。
「恋に、おちる」
「そう」
くすり、と涼しく柔らかい風のようにアサイくんは笑った。
それから私の頭を撫でた。あまりに急な行動だった。お前は最初から何もわかっていなかったのだ、とはたかれるんじゃないかと思ってぎゅっと目を瞑っていたら違っていたので、胸を撫で下ろしつつもその意外な行動に目を白黒させてしまう。
彼は笑みを続けていた。でもその裏側には確かに先程見せた真剣さがあるように見えた。
「それとね、人を好きになるっていうのは、いくつになってもね、変わらないことだよ。
うら若き乙女の頃を過ぎて、おばさんになっても、おばあさんになっていても、
恋に堕ちるのに、年なんて関係、ないんだよ」
私はただ、黙って、彼を見ていた。その言葉を何度も、何度も繰り返す。
恋におちるのに、年なんて関係ない、か。
――私の中で何かが、するすると解けていく。
それは執着と言えるものだろうか。私が本当はもうおばさんなのに、ずっと高校生のままでいて――それはこの歳に死んだから仕方がないのだが――若いこの時期に、恋がしたい恋がしたいと、全ての記憶を無くしても縋りついていた夢や希望と言うものだろうか。
全ての夢や希望が執着と言えるのでは決して無いけれど、行き過ぎたそれは得てしてそう名付けられる。
私がそう思っていることを、アサイくんはわかっているのだろうか。
きっと、わかっているんだろう。彼は続けた。
「だから、ここは素直に死んで、もう一度、生まれてきたらどうかな」
ああ、もう死んでるけどね、と彼は無邪気に笑って見せた。一番初めに、私に言った言葉だ。
その時のような悲愴感を、今は抱かずにいられた。寂しいことなのだと思う。
だけどどこか、強いことなのだとも思える。
「……アサイくん」
……私の答えは、さっきから決まっている。でも、その捉え方が、全然違っていた。
「ん?」
「……ありがとう」
清々しい気持ちで、私は伝えた。