「よ、んじゅうろくさい……?」



 最後の音なんか息以下だった。
 私は、私の体に満ち満ちているエネルギーを確かに感じられるのに。もうこの肉体は無い。あってももう十六じゃない? 四十六歳なんて――


「かんっぜんに、おばさんじゃない!」
「そうだね、花の女子高生なんて聞いて呆れるよね
 ああ、あとそれから現実の季節、とっくに春は終わってるから」


 彼は嘲るような失笑をした。――もう私は何も言えなかった。これは夢だこれは夢だとどんなに必死に訴えても、夢は覚めない。これは夢ではない。
 涙が零れ落ちる感覚が、とても寂しい。そして、とても愛おしい。
 だけどもう、それは現実には「無い」感覚。その現実すら私には無い。今こうして感じられるのは、一時しのぎのまやかしに過ぎないのだろう。
 そういえば、何だか手先の感覚もひどくあやふやになっている。それでようよう、解ってくる。


 ――私はもう、とっくの昔に、死んでいた、なんて。


 向こう側にいる彼は初めて儚い表情を見せた。仕切り直そうとしてか、頭を数回掻く。

「紹介が遅れたけど、僕は――そうだね、死神じゃあないけど、地縛霊や浮遊霊を取り締まる役目を持つ特別なユーレイ、とでも言っておく。名前はアサイ」


 ……目の前が真っ暗になるって、本当だったんだ。私はため息をつく。まだ夢だと思っているぐずぐずとした自分がどこかにいる。夢なら覚めれば悪夢で終わる。だけど夢じゃなくて、私がここで終わったら――私は無くなってしまう。でもそれでもいいかもしれない。どっちにしろ終わるんだから。……それにしても、三十年も恋を夢見てきたなんて、本当に浅ましい。もし生きていたら四十六。どう贔屓目に見てもおばさんな女が恋だの青春だのなんて聞いて呆れる。



 ――でも、恋、したかったなあ……。
 好きな人、恋人、欲しかったなあ……。
 漫画の主人公みたいに素敵な先輩や同級生やちょっと憎たらしいライバルや頼りになる友達が、欲しかったなあ……。



「ちょっと。そんなに落ち込まないでよ。君をそのままの姿で生き返らせようと僕は来たんだから」
「生き返るなんて……え……? 生きかえ……?」



 私は死ななかったことになる……ってことかしら? それはつまり……。
 目の前の光が――アサイくんが、その魔法の言葉のお陰で一気に、天使に見えてきた。何故かまだ呆れた顔をしているけど。


「そっ、それって本当? 本当に本当? 私、生き返れるのっ?
 生き返って好きな人と一緒にいられたりするの?
 漫画みたいな高校生活を、今一度送れたりするのっ?」
「地縛霊のくせにテンション高いなあ……。
 まあ、無害なのにさすがに三十年も放置じゃねえ。……上司がちょっと憐れんでくれたのさ」
「神様ね……。神様なのね! ありがとうっ神様!」


 真っ暗闇の天に向かい私は抱擁するように手を広げる。
「まー神様ってわけじゃないんだけど、いいや。
 ただし、もちろん条件があるよ」
「おっけー! どんな厳しい条件だって、絶対にクリアしてみせる!」


 数分前とは全く違う私に、誰が驚いているって、きっと私自身が一番驚いている。
 あんなに落ち込んでいたのに、今はこんなに張り切っている。


 これこそピンチはチャンス! 絶望からこそ、希望は生まれる! 生んでくださったのは私じゃなくて、神様だけど。生き返った暁には、世界のあらゆる宗教の神様を信仰する。ううん、きっとしてもしたりない!


 アサイくんはちょっと困った感じに笑う。そうするが最後、視界はスーッと白く、晴れていった。

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