「――っ、げほっ」
相手が女だったから手加減はしたが、それでもシュリは苦しそうに立ち上がった。
「お。信乃と戦った時の方がやっぱ面白かったなとか思ってたけど」
ひゅうと与一は口笛を吹いた。
「――骨があるな、お嬢さん」
「は、馬鹿にしないでよ」
与一は妙にすがすがしく笑っていたが、シュリはやはり緊張して、顔の線を固く締めつけている。
二人の視界の外で、柳のように濡れた男は涼しく嗤っている。
「与一さん」
李白はようやく屋根に上がってきた。そして与一の体を労り、黒い盗賊の娘を初めて見た。
ぬるい風が、ぴたりと止んだ。シュリは緊張がほぐれたのか、口をぽかんと開けている。
李白もまた、彼女をぼうっと見つめた。それは例えるなら、今まで意識すらしなかった対象物の美しさや、そして自分との共通点やそういったものを偶然見つけてしまった、そんな状況下で予想される顔だった。
しかしそう思うのは後のことであろう。シュリは李白の姿を認めると腹の痛みも忘れたというように、李白との距離を縮めていく。李白は背筋をしゃんと伸ばして、待ちかまえる。
白い貴人が、黒い賤民と相見えるこの時、この二人を与一は後ろから静かに見物する。
「――李白ね」
シュリから会話が始まる。李白は頷く。
「一度会っておきたかったの。
妹を自分のわがままで左大臣みたいな悪の塊に引き渡しちゃう奴をね」
さっと、李白の肌から血の気が引く。シュリは李白こそが本来闘うべき相手だと言わんばかりに黒い瞳で睨みつける。
李白は鼓動が速くなるばかりで、言葉を告げられない。