「――――何か」
言いよどむ李白は、軽い振動を後ろに感じた。
何かと思って振り向くと、与一の後ろにスピカとカーレンがいた。
「スピカ? お前どうやってここに?」
与一はやや驚いているようだが、李白の心は逆に、どうしてか落ち着いてきた。シュリに対するもやもやとした影のある形無いものが不安だったのだろう。新しい風が吹き込むことでそれが去った。
「見つけた」
恐ろしく冷たいスピカの声だった。カーレンは思わず息を止める。
スピカが捉える者は、与一でも李白でもカーレンでもなく、黒服の少女――シュリの後ろにいた、男だけである。
スピカの声とその男の後ろ姿に、カーレンは震えた。
「スーちゃん!」
言いだすと同時にスピカは甍の天上を走り出した。彼の右手に光るのは、炎が出現する前に弄んでいた刃物だった。
柳の如き男・玉響は振り向かず、かわりにシュリがまた新たな柄を握って、スピカとぶつかる。
険しい目で成り行きを睨む与一。
左胸が静かにしかし確かに鳴っていることを感じる李白。
カーレンは、静かに二人に近づいてゆく。
二人は蝶が二匹、戯れながら花を行き来しているが如く戦っている。狭い甍の地で二人の白刃が鳴り響く。
「あんたが――」
シュリは途中、その殺陣の中でスピカに語りかける。
「あいつに、恨みを持っているのは解る」
スピカの白い刃から、強烈な黒い想いがほとばしるのをシュリは感じ取れた。
スピカは無表情で刃をシュリに押し付け、シュリは相当の力でそれを防ぎこむ。
「私も、あいつは嫌いだけどね、
今だって、全く馬鹿なことをして――殺してやりたいけど! それでも!」
抗えない、とでも言うように、シュリはぐぐと力を押し出し、スピカに詰め寄る。
「――育ててくれた、恩があるのよ」
それが境目となってシュリの刃がスピカをより追い詰めていく。しかし、シュリのその強い右手にぼうと何かが発した。
「あつッ」
刃と甍のぶつかる音が妙に鋭く響いた。シュリの右手から小刀が落ち、彼女は身をかがませる。
右手のひらが強く火傷した風に彼女には見えた。
顔を上げると、一人がこちらに向かってくる。カーレンだ。一歩一歩ゆっくり歩いてくる。そしてシュリとスピカの間に立つ。