火の海へ走り出したカーレンを止められなかったスピカは天を仰いだ。燃えた炎の塊のような黒煙が天へ昇る。あるべき場所に何かが還っていく感じをスピカは抱く。

 カーレンの目は赤い。そしてスピカが憎む柳の如き男の目もまた赤かった。二人共、時間と空間は違えども火の中に消えた。そして、やがて戻ってくる。血がスピカの全てを満たし、スピカの全てを知り尽すように巡る。ちょうど、その二人はスピカの血のようだった。死んだ血が静脈を走り、希望に満ち満ちた生きた血が動脈を泳ぐ。
 天守の方に目をやった。目が冴えているスピカは、人の像を確認する。


 ぬうと伸びた男だった。白で固められた空に同化するように白いが、スピカにははっきりと見えた。
 はっきりと見えるように、スピカの体は十年の間にすっかり変えられてしまった。
 スピカの体全体に警報が轟く。
 こんなに遠くからでも解る。どんなに遠くても狙い定め続けてきたから解る。十年前からずっと。


 心の太陽を隠してきたのは、その白い男を刺すためだ。


 目が渇き、体全体はしかし、汗ばんでいく。少し前のことが思い出される。一人の首を斬り、何人もの命を奪い、しかし本当に欲しい命を喰うことが出来なかったあの夜が。



 花火はスピカを視界の端にとどめておき、煙管をふかす。黒とは違うが、どこか結びつかねばならない白が、黒煙と同じように天に昇る。オーレは己の秘術で水遊びをするように水を操り屋敷の全焼を抑えていた。
 スピカの背後に、彼はゆったりとした動きでやってくる。
「どうしたの」
 そしてスピカに、微量の笑みを含ませた問いかけをする。


「オーレさん。……あんた、わかってるんじゃないですか」
「薄々感じてはいるよ? 意外なところで再会したものだよね――玉響か」
 スピカの切れ長の眉が神経質に動く。
「また、止めるんですか」
「いや? 好きにすればいい」


 その答えを少し意外に思い、スピカは苦々しい表情を浮かべる。
 頭が、心臓が、スピカを押し上げようとする。


 終わりの待つ高みへ。
 そこに行けと。


「スーちゃん!」
 カーレンの声が耳に届くと、その讃美歌は止まった。今までの焦燥感がぐっと収まり、不思議なことに顔や衣類にわずかの汚れもなければ傷も火傷もない少女をぼんやり眺めた。
「お前――大丈夫だったか」
 それだけ言うことが許された。時をおかず、またスピカを貫いていくのは黒く光る想念であった。
「スーちゃん――」
 カーレンも息を整えつつ、白くそびえ立つ巨塔に目を向ける。
「てっぺんに行くの?」
 そう訊いた彼女の目は、警戒している目であった。
 スピカの思惑の網が広がらない場所で、カーレンはスピカを理解している風だった。

「行く」
「私も行く」
 そうなるのが当然というように言葉を繋いだ。

「何言ってるんだ。危険だ」
「それはスーちゃんも同じだよ!
 スーちゃんに何かあったら、私は困るよ、みんな困っちゃうよ!」


 赤い目と青紫の目は互いに向かい合う。少し距離を置いて、獅子の男はなりゆきを伺う。蠍の男は煙管をくわえたまま、やはり二人を見つめ、時に天を仰ぐ。天守には与一だろうか、人影が増えていた。


「――わかった」
 そしてスピカは何のためらいもなくカーレンを横に抱えた。突然の浮遊に小さく声を上げたが、カーレンはしっかりと手をスピカの体に巻く。その光景に、オーレはにこりとした。


「しっかりつかまってろ」
 こくんと頷くと、カーレンは全信頼をスピカに託す。その時スピカの珠がぱっと光り、それを合図にスピカは天に向かって一つ飛翔した。寝殿の廂を越え、またぴょんと跳ねるとまた一つ屋根に登る。カーレンはこのとんでもない飛翔力に目を丸くした。


「スーちゃんすごい! どうして?」
「僕の力だ」


 端的に答えた。スピカの珠の神力は、スピカの身軽さを人外にたらしめた。普段はめったに使用しないが、こんな所で役に立つ。


 スピカは天を睨み、じりじりとすぱすぱと、距離を縮めていこうとした。

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