与一は李白の案内で寝殿の奥、勇敢にそびえる天守へと駆ける。
 与一は動きの速い男で、物腰が柔らかく動きが緩やかに見える李白がついてこれるかと、与一は思った。しかし李白も移動が速い。腰近くまである髪や動きにくそうな袴であるのに、小袿を一枚取るとこんなに素早くなれるのかと与一は感心してしまう。

 侵入していた黒い服の集団の雑魚を蹴散らす。相手が武器を持っているのにも拘らず与一は素手で、見ていて心地よいくらいに進んでいった。
 李白が狙われても、李白の力が白い玉のような肌に一つの瑕もつけなかった。李白が制御し、自在に力を操っているのだろう。もろい木の床から岩石が現れたり、剣山のような岩が現れたり、それで迫る相手を痛めつけている。
 李白の今の顔は負の感情に支配されないように緊張していた。彼女はやはり人を傷つけたくないようだ。矛盾する行為をひたすら続け、天守に登る李白を器用だ、と与一は思った。




 視界がざあっと広がった。与一は天守の屋根に出て、西園寺が所有する山々を仰いだ。
 秋の気配は山々を装い、きらめかせている。しかし、天気は曇りであり、頭上には雲で白くなってしまった空が広がっていた。
 この上の天に、杜甫は本当に逝ってしまったのかと、与一はぼんやり思った。そして、あざのある右頬をぱちんと叩いた。

 ぬるい風が吹く。そしてある風に殺気が流れ込んできたのを与一はそうと気付く前に振り向き、突進してくる黒い人物をかわし、鳩尾を狙って右足で高く突き上げようとするが相手もまたびゅんとかわした。
 そこで与一は初めて相手の姿を完全に見ることができた。相手は女だった。
 女性にしては高い身長、非常に動きやすそうな黒服を纏っていた。和秦の隣の大陸の衣装だろう。今までなぎ倒してきた集団と同じだ。華北かと与一は思った。女の肌は北国・華北にふさわしく白かった。


 与一と対峙する女――玄冬団のシュリという女性だった。


「お嬢さん。威勢がいいな」


 与一は笑う。シュリの方は、少し訝しげに顔を歪めた。
 そして腰にあてていた右手の隙間からキラリと、しかし、曇り空のような鈍い光をチラリと見せて与一に再び襲いかかってきた。与一も、刃に匹敵する拳を固めて、あるいは手刀にしてとがらせてはシュリに余裕を与えない。
 一方、与一はこう考える余裕があった――


 ――華北は、ある一人の人物が周囲の人間を手懐け台頭し、貴族・豪族中心に政局を動かしていると、オーレか誰かから聞いた。結果、一般民衆の生活は苦しくなり、治安が悪化していて、数多くの山賊や海賊や盗賊、ゲリラ衆などが生まれているという。
 この少女もそういった人間なのかもしれない――そう考えながらもシュリへの攻撃を惜しまない。


 シュリは鼠のように素早く身をかわし、与一をちくちくと痛みつけてきた。与一は袴に隠していた十手を握ってシュリに何と気付かせる間もなく彼女の得物を弾き飛ばし、今度こそと十手を持つ右の拳を丸め、シュリの鳩尾を打った。黒い少女はその衝撃に押さえられて倒れてしまう。


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