「なんでっ、わたしだけ守られなきゃいけないのっ!」


 ネフェレがひるんだ。その隙にチルチルは駆けだす。
「チルチル! 待ちなさい、待って!」


 今日だけで何回駆けだしたか判然としない。風が徐々に強くなる。風が耳を揺らす。
 髪を揺らし、やがて身動きが出来なくなる。目は、開けられない。
 いつもこうして無茶をしてきた気がした。その度に自分は困り、ネフェレも周りも困ってきた。何度も転んだけれど、何度も泣いたけれど、だが確かに立ち上がった。


 イーノーがいた。自分に笑ってくれた。
 たとえそれが偽りでも、チルチルはここまで生きてこれた。


 チルチルの暗闇の中で、いつかの風景と、自らの声が聞こえる。ニコがいる。空は青い。宇宙に突き抜けていくくらいの晴れたあの日。


 ――でもね、少しはこういう困難がなくちゃ、強くてしっかりした茎や綺麗な花にならないんだよ。


(そうだよ)


 チルチルは自分自身に相槌を打つ。


(だから、守られるだけなんて、嫌なの!)


 右手に握った珠から青い光が炸裂する。光は四方八方に広がり、チルチル自体も包んでいった。


(わたしが、わたしがぜんぶ――!)


 風が、その光の影響か、弱まっていく。ニコ達の目が開き、青い光を呆然と発見する。ネフェレがへたりと大木のもとに座り込む。ネフェレが異変に気づいたのはその時だった。
 土が動いている。いや、木だ。木が――風にではなく――動いている。
 チルチルの両隣の土から木の根が、やや鈍い音を立ててまるで生き物のように飛び出した。おそらくは、ネフェレのいる大木の木の根であろう。その根だけでなく、別の地面の根も、周りの木々の枝も、何かの触覚や触手のように伸び、呆然と佇むイーノーを捕らえ、玉を、鋭い根や枝の一つが貫いて破壊する。


 スピカはそれを見、叫ぶ。
「――木! 木の力だ!」
「なんでえそりゃ」
 自らの傷を舐める与一に、乱れた髪を撫でつけながらスピカが解説する。
「陰陽道です。李白さんは白、カーレンは赤、そしてあの子は青――それぞれの色は金、火、そして木に対応している。あの子――チルチルが木の力、植物の力を使ったんですよ、今のは」
「よくわかんねえな。青なら水じゃねえの」
「水は、黒です」


 縄に縛られたようなイーノーにももう紫の光は見えない。観念したかのように目を半眼にし、ぐったりとうつむいている。追い打ちなのか、さらに太い木の根が彼女を地中に埋め込むように巻きついた。
 チルチルは、目を閉じたまま棒立ちになっている。ニコはそんな彼女を見つめた。
 ぱっと彼女は目を開ける。ニコ、太望、スピカと与一の後ろに、訣別をしなければならない相手がいた。力を奪われながらも、その赤い目で自分を見据えて、待っている。
 少しずつ、近づいた。太望も共に近付いてきた。別れの時を刻む秒針のように、心臓が鳴る。荒れた庭園の、花でなくなったものを踏みしめながらチルチルは進む。
 視界が歪んできた。目元が熱い。鼻の先からツンと眉間を刺激する何かが通る。頬に流れるものはやはり涙であった。いちいち拭ってはいられなく、彼女は進む。


「どうした」
 頑強な根に捕らわれた女の声は、冷たい。
「殺さないのか、青の姫」


 イーノーであるが、イーノーではない。
 もうチルチルを、以前のように優しく、時に厳しく呼ぶことはない。


 残っているものは冷たい感情だけなのだ――いや、ずっと、冷たいものだったのだ。


 そうだと気付いて、チルチルは、哭いた。

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