「そうだ。スピカ兄さん、あざと珠を見せてください」
「いいけど」
 チルチルはニコの手を掴んだまま戦況を見る。太望も加わっていた。動きはもう一人の男に劣るが、力は格段に上である。狼達をほとんど素手で殴っているのに、それだけで気を失わせているのである。
「はい」
 そうしているうちに、スピカはチルチルに右ひじを見せた。白い肌に浮かぶのは何かの紋章、そして彼の左手に乗っているのはニコとチルチルと同じ珠である。球面には同じような紋章と、チルチルには見慣れない文字が浮かんでいる。
「わたしと同じね。ニコくんもなの?」
「ぼくのはお腹にあるから」
「! あぶないっ!」
 ネフェレは子供二人の手を取ろうとした。チルチルはニコと共に二人に向かう黒い獣を目撃し、体を伏せようとした瞬間、獣の動きは止まりどさりと地に倒れた。尾の辺りに矢が刺さっており、よく見ると獣は傷だらけである。


「わりーわりー、怖がらせちまったな」
 やってくるのは銀髪の男だった。左手に弓を持っていたので、矢を放ったのは彼なのが明らかだ。


「与一さん。驚かせないでください」
 スピカは苦々しく言った。どうやら獣たちはほとんど追い払ったようである。四人は彼に近付いていく。
「そうだ! 与一兄さんのはわかりやすいところにあるよチルチルちゃん」
「お嬢さんが青の姫さまかい」
 よっと男――与一はかがみ、チルチルと同じ目線で爽やかに笑う。姫?とチルチルは首を傾げた。
「俺の名前は屋島与一。射手座のあざはここ、珠はこれ」
 与一は己の右頬を指さし、珠を見せた。ニコ、スピカと同じだが、チルチルのとは違い色は無い。無色透明だ。
「まさに、射手座でしたね」
「お前はちっとも乙女らしくないなー、男らしくなりやがって。かっこよかったぜ」
「僕は男ですよ、もともと!」
 射手座、乙女座――チルチルは思い出す。同僚達がどこからか入手した本に占いのようなものが書かれていた――変わらない毎日だというのは解っているのに、各々に与えられた星の運命に一喜一憂して盛り上がっている様子が楽しかったし、チルチルも加わってもいた。そしてチルチルは自分の星座が十二の星座の内、一番初めに取り上げられる、牡羊座であることを思い出す。
 風はちっとも弱まることなく吹いて回っている。庭の花たちはまるで熱に浮かされたように揺れ動き、乱れていた。曇り空の下、幾多の色が散り、揺れては破れていく。花弁は疲れ果てていた。


 そしてその宴の中で、チルチルは再び、その青い目に映したのだ。


 赤い目の女を。


「――お、く、さま」


 チルチルの震える声に全員が身構えた。庭の果てにぼんやり佇む、しかし全員の心にひしひしと確かに重い何かを、はっきりと送ってくる人物がいた。チルチルだけでなく、ネフェレにとっても、もう日常に埋没した女性。


 妖しい嗤いを伴っている。


「おくさまっ!」
「チル!」
 駆けだすが、ネフェレが止める。

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