『今日、中秋の名月なんだってよ。
 もし都合悪くなかったら、香織の家で一緒にみようぜ!』
 昼食を珍しく一人で食べていた時、そんなメールが来た。俺は一回それを読んで、返信画面にしたはいいが、どうすればいいか、ボタンをトントンと指で軽く叩いて――結局電源を切った。
 ぼうっとパソコンを見つめながら午後の仕事を気だるく進める。早く進みすぎているくらいだから、少しゆっくり進めてもいいぞと、部長に言われたのだった。そのゆっくりしたスピードの所為で、どんどん想いや考え事が、頭を心を横切っていく。もはやうまく言葉では表せないほど断片化され、また抽象的なものだったので、夢を見ているような感じだった。
 香織さんの微笑や、見送る姿や、小さな体が浮かんでは消える。俺は彼女のことが好きなんだな。ぼんやりそう思っていたら急に目が覚めたように、今が仕事中だと気付く。いかんいかんと、しっかり、スピードはゆっくりめでもきちんと仕事をこなしていった。
 五時を過ぎ、帰宅していく者が現れる。残業をする奴らも多い。俺はとっくに仕事を終わらせていたが、なんだか部屋に帰りたくなくて、少し残って明日の仕事の準備をしていくことにした。
 どれくらい経った頃だろう。うっすら青みがかった空に丸い月が浮かんでいることにふと気づいた。時計を見るともう午後六時半に差し掛かる頃だった。再び外を見た。丸い月だけど、左端の少しだけが欠けて見えていた。だけど、見つめれば見つめるほど、どこか遠いところに吸い込まれていくような、逆に溺れていくような不思議な美に気付く。
 今日、二人が見上げる月を俺が先に見ている。空間と時間を超えて二人と俺は繋がる。香織さんとだけ繋がっていたい。そう願う。あの月を見て、綺麗だと言うのが俺と香織さんで、少し欠けてるじゃんと言うのが暮葉、そんなのでもいい。そんな言葉でわけられた繋がりでもいい。
 かたんとテーブルと何かがぶつかる音がする。俺は妄想を引きずりながら音のした方向を向くと、そこには書類ケースを抱えた都築さんがいた。都築さんは俺が目を向ける前から俺を見ていたようで、一度頭を下げてからそそくさと出て行ってしまう。
気がつくと俺は仕事場で一人になっていた。もう夕暮れの光は残っていなかった。次第に暗くなる空に、月の輝きは増していく。しかし月の光で俺が照らされるほど、都会の月は強くない。

 2        10
novel top

inserted by FC2 system