動き出している。俺は仕事を終わらせてからすぐに香織さんの家へ向かった。帰宅ラッシュで思うように車は進まない。空は夕焼け色に染まり、だんだん夜の表情を見せていく。そこに暖色があったことなんて忘れたように、寒色の藍色が空を支配する。そして月が出た。月だけがその冷たい空に、暖かく光る。俺にはそう見えた。
 森へ、どんどん、向かう。
 いきなり訪ねてきたらびっくりするだろう。そして想いを告げたらもっとびっくりするだろう。あの人は風に揺れる草花のように弱弱しい女性だったが、それでも暮葉への想いが芯になっていたから――いつのまにか俺が花となって、散るだろう。想いという芯が抜けてしまえば、倒れるだろう。
 だけど、よかった。考えることはマイナスなことばかりなのに、気分は高揚していた。彼女に久しぶりに会えるからか、捨ててしまった自分の想いを伝えるからか、わからない。早く、早く会いたい。














 しかし俺が彼女の住む場所で見つけたものは、何も無かった。
 何も、無かった。
 一人で住むは大きすぎる家も、周りの木々も、何もかもがもぎ取られていた。
 香織さんの姿も、声も、香りも、影も何も無い。
 そこに存在していたものは何一つないと、――ただ一つあるのは天上の月だけだと、そう風が強く吹いて、語った。

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