「……俺と香織が初めて逢った場所は、兄貴のいる病院だった。よく俺、病院遊びに行ってたの知ってるだろ。あれ、いい歳してまだ続いてんだよ。俺、子供とかじいちゃんばあちゃんとか好きだし、病院とか養護施設とかそういうところで働いてみたいなーって、ちょっと思ってた。まあ、実現したらしたで絶対いや! って言うような、くだらない妄想だけど。


 香織も子供達と一緒に遊んだり絵本を読ませたりするのが好きだったみたいで、よく一緒にいたんだ。――香織が患者だってことは、勿論知ってた。でもよく笑って、顔色もまあ悪いっちゃ悪いけど、日に照らされるあいつは綺麗だった。とても――不治の病でもうすぐ死ぬ運命にあるなんて――思えなかった。


 俺は、あいつと別れる最後まで思ってたよ。どうしても死ぬのかな、って。こんな小説あったよな? 夢の話でさ。
 ――夢か。あいつと逢って過ごした日々も、全部、今になっちゃ夢みたいだな。


 すぐ、死ぬんだって……病名は詳しく話してくれなかったし、騙されたのかもとか思ったけど、ほとんど効かなさそーなカプセル剤がたくさん袋から出てきたり、そのゴミを見てたりしたら、ああ、こんな沢山飲んでも死ぬのかよって、騙されてもいいくらい哀れに思えてきた。


 病気のことは、調べてない。今でも、病名は知らない。そういう現実的なものに、死んだ後なのに縛り付けるのは、あいつのイメージを崩しちまう気がするから。あいつは、何ていうか、儚いのがいいって俺、思ってたからさ。はは、笑っちまうだろ。


 あと、俺はなるたけ誠実であろうって――そういう、卑怯な手を使わないでおこうって、そう決めたから。そして、ちょっとの間しかいられないんならって俺はじゃあ、そのちょっとの間だけでも香織の為になるような大切な人であろう、死ぬこと以外何も知らないでいようって、決めたんだ。


 なるべく、体に悪い都会から離れた場所にやって、――ちょうど使わなくなった別荘がそんなとこにあってラッキーだった――お金もやって、それで会いに来て少し話したりして、そんだけの関係でもいいから俺といてくれって言った。無理やりだよほとんど。それに反対するようなことは聞かないふりした。











 最低だって? ……そんなの、お前が一番わかってるだろ」

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