携帯電話を開く。電話帳の画面にする。発信ボタンを押す。
 機械のように指が動く。俺は聞こえてくる声を待った。
「――もしもし」
 暮葉の、少しやる気のない声が左耳に垂れこんできた。
「かけてくるかなと思ってた」
 何もかもが無くなってしまった場所に、俺はうっすらと暮葉の姿を見た。香織さんの姿が、何故か――浮かばない。俺は暮葉とだけ向かい合う。
「いないんだ。――あの人が」
「うん。……知ってる」
「どこへ行ったんだ」
「死んだよ」
 その言葉の意味が、わからない。音も上手く聞き取れない。予感だけはしていた――だから、こう叫ぶ。
「ふざけんなよ!」
「ふざけてなんかねえよ!」
 単調で、ひっそりとしていた暮葉の声が激情の色を帯びてたちまち大きくなった。冷たい風が吹く森の中で、静かに熱を上げる俺と幻影の暮葉は睨みあった。
 俺はその後何回も、心が落ち着くまで暮葉に怒りや釈然としない気持ちをぶつけ、叫んだ。声が響く。たった一人、虚像と実声を相手にして俺は我を忘れた。相当ひどい言葉をぶつけた後、静寂が訪れた。
森の木々が俺を冷たい目で見ている。滑稽な見世物として見ている――そんな気がした。しかし今まで抑えてきた分言葉をぶつけた所為か、俺はその妄想には気を狂わせることはなかった。
 やがて、無言を貫き通した暮葉は、静かに語り出した。

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