「よく告白してくれたな。ありがとう、藤野」
「……はい」
 むつみの顔は赤らんでいるだろう。でも、彼女は恥ずかしさよりも達成感から忠道を見つめずにいられなかった。
「先生! どうなの?」
 まるで友達に対するように涼香は忠道に詰め寄る。もう涼香もこの空中になれたようである。茜も涼しい顔で成り行きを見ながら、たまに花火を見下ろしている。
「そうよ兄さん。李亜さんとはどうなるのよ」
「りあ? リア王?」
 国語が得意な茜がやっと話に入り込む。それとも李娃伝かな、と呟く。
「話すさ」
 忠道はやっぱり変わらない口調だった。生徒からの告白という非日常なことでさえも、彼をそんなに驚かせはしないらしい。
「藤野。お前の気持ちはよくわかった。けれど」
 けれど、という時点でむつみの顔は急に青ざめた。やっぱり、と思った。
「……辛いだろうが、よく聞いてくれ」
 ちら、とむつみは忠道の顔をうかがった。忠道は心配そうにむつみを見ている。もしいつもの通りの無愛想な顔で見つめていたら、むつみはもっと青ざめていただろう。心配してくれているその顔が大分むつみの顔に赤みと安らぎを増やしてくれた。



「俺には好きな人がいる。
 もうずいぶん長い間、想い続けている。その人は、京都にいる」
 おそらくその李亜という人なのだろう、とむつみは思った。
「京都に仕事や出張があればその人と会っていた。
 彼女もこの県に来た時は案内をしたりした」
「いつのまに?」
 唯花は兄の読めない行動に辟易したように言った。
「でも、どちらも何も言わないから、多分両想いなんだろうが、よくわからなくなってしまって、俺もこういう鈍い奴だからずばり彼女に訊けなかった」
 忠道が鈍いことをこの数日間で十分わかってしまったむつみ達三人はうんうん頷いてしまう。何だかおかしくてむつみは失恋したあとなのに頬を緩ませた。
「二人ともいい年だから、もうそろそろ決着をつける時なんだ」
「それって」
「結婚するかしないかだ」
 告白だ、付き合うだというレベルからうんと夢の高い、生活感も高いレベルに話が飛んだ。
「藤野が勇気を出して行動してくれたからようやくわかったんだ」
「じゃあ先生は、その人と?」
「そうだな。いやまて、結婚以前に正式に付き合わないといけないな。
 俺も、告白がまだなんだ」
 すまないと首をかく忠道。のんびりしているな、とむつみは思う。きっと李亜というその女性も忠道と一緒にのんびり、ふわふわして、気持ちよく過ごしてきたんだろうか。むつみにはそれがやっぱり羨ましかった。
「じゃあ何? 付き合ってすらいなかったの、兄さん?」
「付き合っているような気がしている。ただ告白はしていない」
「ここで告白したら、先生、プロポーズになっちゃいますよ」
 だがむつみは笑った。むつみは自分の想いを彼に伝え、そして彼が、むつみの方向でなくとも、そのおかげで何かに一歩踏み出したということが、今のむつみにとって最大の幸せとなったのだった。
「ありがとう藤野」
 また連続して花火が上がっているようだ。今まで真剣に聞いていた涼香がそれに気付いてうわあと声を上げながら見下ろしている。見下ろす花火もなかなか綺麗らしい。



「俺とあの人はようやく進める」



 忠道は、少し微笑んでいた。心からむつみに感謝しているようだった。むつみも、心から忠道を好きと思えた。自分の好きという気持ちが、汚い想いになってこびりつかないでよかった、綺麗に消えた、というより、花火のように綺麗に花が開き、そして見るものの――忠道の心に残ってよかった、と思えた。
 そう思うと、愛しさに似た感情がまた込み上げてくるのであった。




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