そして目を開けたとき、むつみは自分がどこにいるかまったくわからなかった。視界がさっきよりぐんと高くなっているのだ。光に満たされていたはずが、かき消えている。もしやと思い、恐る恐る下を見ると出店の光の列と、浴衣で彩られたたくさんの人と、警棒を持った警察官と、川と、橋と、そして頭上にあるはずの花火があった。
むつみはどうも宙に浮かんでいるらしい。
「えええ?」
と声を上げたのは涼香だった。涼香は犬かきのように空中で手足をもがかせている。いつも冷静な茜も目を白黒させている。確かに自分達は宙に浮いているらしい。でも、取り乱さないむつみがいた。
むつみの左手は未だに忠道が握っている。
「せ、せんせい! 何、これ、こわ、こわ、こわいい!」
「大丈夫落ちないよ」
慌てる涼香を見ながら唯花は安心させるように笑う。しかし彼女もうわあと声を上げ人々を見下ろしていた。おそらくこれが、茜の言うところの「不思議」なのだろう。空を飛んでいるに近いのだから確かに不思議だった。
「ショック療法みたいなものだな」
こんな状況でも忠道はいつもと同じ口調だった。
療法? とむつみは彼の横顔をみた。
「そうだ。これでもう言えるはずだ。俺に、言いたかったことを」
そして彼は今日初めての笑顔を見せた。むつみはしばらく茫然としながら、どんどん下を向いていく。下を向くと、ぱんぱん上がる花火が見えた。花火は上がっては消えていく。綺麗な姿を見せるのは本当に一瞬だった。
先週、告白の言葉を小さな花火が引き出したように、恋の言葉が、むつみの心から喉へとどんどん、押し出される。
今度は、消えてなくなりはしなかった。
もしかしたら、あの時の花火がこっそり、むつみの言葉を盗んでいったのかもしれない。
それが今、こうして戻ってくる。
「私は、先生のことが好きです」
ぱあん、と真下で花火が弾ける音がした。むつみの恋の花火がようやく上がる。むつみは忠道のことを見つめながら続けた。
「四月に初めて会ったときに、先生の授業に出た時に、好きになっていました。
理由は、わかりません」
忠道は今年赴任してきたばかりなのだった。理由は、この前考えたようにたくさんあったが、どれも言い訳のようだった。
人を好きになるのに理由はひょっとしたら全て後付なのかもしれない。その時の状況や周りの人間関係、自分の好みなど、考えて初めてその好きに付加できる。純粋な好きという気持ちが、今、下で上がっている――花火のような一瞬の気持ちが肝要なのだろう。
「でも、私のことを考えてみてください」
付き合ってください、ではなく、考えて欲しい。むつみのことを忠道が考えてくれる時があることが、むつみにはまず幸せだった。付き合ってくれなどと、ずうずうしくて書けなかったのもある。
「私は、先生のことが好きです」
言葉は逃げずに、すべて、忠道の耳に届いた。
下で、花火は上がる。むつみの告白に彩を添えるように、控えめに上がる。
「うん」
「うん、って、兄さん?」
返事しただけだ、と驚く妹を忠道は制する。