「火崎先生の家の人ってさ」
 いきなりで、しかも忠道の家という不思議な話題が提供された。少し涙がおさまった二人は同じタイミングで黙って聞く。


「私のお父さんが言ってたんだけど、なんか、不思議な力があるんだって。
 お父さんが高校の頃、先生のお父さんの後輩でさ、そんな噂、きいたんだって」


 茜の父は、むつみや涼香の父よりも年上で、忠道の大体の年齢から、忠道の父と高校三年間が被っていても不思議ではなかった。しかし、「不思議な力」とはあまりに抽象的過ぎて、むつみも涼香も釈然としない顔だった。
「だから何? それで」
「思い切って相談すればいいと思うの。先生に。


 大切な言葉が、出てきませんって。


 きっと、先生も何かしら不思議な力を持っているはずだから」
 ずっと黙っていた茜も、茜なりに悩んでいたのだろう。それが最良の答えと考えたから、口を開いたようだった。むつみは、涼香と違う優しさや他の感情を感じた。
 こうなってしまった以上、それに託すしかなかった。むつみはもう何度も挑戦して敗れているのだから、今更忠道に恥をさらしても構わない。そう思う反面、やはり恥ずかしくて職員室に行きたくなく、足を動かせないむつみもいた。しかし、しっかりした声で茜が、弱弱しく涼香がむつみを呼ぶと、行かなければ、と思った。












「藤野。最後の補習いなかったな」
 忠道が訊いたのはまずそのことだった。休んだことにそこで初めて気付き、しまったとむつみは、せっかく忠道と目を合わせていたのに目を逸らす。
「体調悪かったんです。ね、そうだよねむつみ」
 涼香が本来の明るさを取り戻しつつある。声色が直ってきた。
「うん、そうです」
「先生」
 茜が直接その話を、まるで依頼するように話していく。――本当は話の頭から、忠道はむつみを見ていたが、むつみはずっとうつむいていたので気付かなかった。
「そうか」
 話を聞き終わった忠道はペンをくるくる回しながら、
「お前達、明日、川辺の花火大会に行くか?」
 と、突然変なことを訊いた。行く予定があり、そのための浴衣も買ってあるので、三人は同じようにこくこくうなずいて、そうかとしばし忠道は何かを思う。
「俺も行く。橋のたもとで会おう」
 三人はあぜんとした。
「先生、それで、何するんですか?」
「ちょっと、な」
 忠道はそれから別の教師から話しかけられ、仕事に打ち込んでいったので仕方なく三人は職員室をあとにした。そうだ、花火は明日なんだ、とむつみは思った。その時になったら、浴衣姿の自分を忠道に見られたら、決意の言葉はどうなるだろうと思った。むつみは、また失敗が訪れることを真に恐れた。



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