交通規制の音や看板が目立つ中、むつみと涼香、茜は三人で忠道に言われたとおり橋のたもとで待っていた。もうそろそろ闇が空を完全に支配する頃だろう。
 むつみ達もそうだが、今日は浴衣姿の人々をたくさん見ることが出来る。今日のために浴衣を新調した人もいるのだろう。こんな機会がないと浴衣はもう着ないのだろうかとむつみは思ってしまう。また、交通規制のおかげで路上にシートをかけて座っているたくさんの人や、川辺に並ぶ出店での長蛇の列を見たりすると、自分達の住む街にこんなに人がいるものかと思い、思わず人が多いねと言ってしまう。


「先生!」


 涼香は失礼ながら、途中で配られていたうちわで忠道を指した。忠道はのんびり歩いてきて、彼女らの姿を見てようと手をあげた。むつみは黙って彼を見つめた。そして自分の赤い浴衣が彼の目に映ることを密かに願った。すぐに着崩れを直そうとする。その願いの成就は容易だった。忠道はどんどんこちらに向かってくる。むつみを見つめてやってくる。
「待たせたな」
 学校内とひとつも変わらない声だ。洋服ではない忠道の浴衣姿に、ただ珍しさを感じざるを得ない。ひょこ、と背後から唯花が顔を出した。
 むつみは当然、妹の唯花の存在を知らなかった。二人が並んだとき、むつみの中でもの凄いスピードで何かが崩れ、急いで忠道に背中を見せた。涼香も茜も次の行動が理解できなかった。むつみが橋を渡りこの場から去ろうとしたとき、
「藤野。止まれ」
 と忠道が肩を掴んだ。触れられていると気付かずに振り向いて、二人の距離がうんと縮まった。遅れて、むつみの体が鳴る。
「こいつは妹だ」
 忠道は唯花をむつみの前へ移動させた。唯花は笑って、目をぱちくりさせているむつみに挨拶する。
「妹の火崎唯花です。いつも無愛想な兄がお世話になってます。
 皆は高校二年生?」
 若い、と語尾を伸ばし羨ましそうに笑いながら唯花は思わずむつみの、さっき忠道が触れていた部分にぽんぽんと触れた。
「先生、妹さんがいたんですか……」
 むつみはようやく言葉を発した。ありきたりな確認の言葉だった。
「でも、なんで妹さんまで」
 茜が尋ねたとき、わあっと周りがざわつき、間をおかず、どおん、ぱらぱらっと花火があがった。花火に背を向けていた高校生三人は振り向き、最初の花火をしばし楽しむ。ぱっと美しい光を残し開いては消え、一定のリズムを繰り返しながら花火は上がる。
「私もね、待ち合わせしてたんだけどさ。急に兄さんが手伝えって」
「手伝い?」
「そう」
 ぱんぱんと連続して花火が上がり、その場は一瞬間まるで昼のように明るくなって、忠道の手、むつみの赤い浴衣が照らされた。見ると白い煙がもくもく残っている。少し花火も上がらなくなった。



「藤野の、『大切な言葉がなくなる』っていう、その悩みを手伝いに」



 忠道が唯花の答えを奪う。
「藤野。お前は、俺と同じ、唯花とも同じ、さそり座なんだな」
「え? 何で、そのことを」
 むつみはそう訊きながら、自分が忠道と緊張せず喋っていられることを不思議に思った。赤い浴衣の効果なのか、花火大会という状況のせいなのか。むつみは心臓の高鳴りを感じた。
「ま、いろいろあってな。
 で、あとはカンと、その他いろいろで、ここに来たんだ」
 うやむやにされてしまったので涼香は怪訝な目つきで忠道を睨んだ。唯花はくすくす笑っていた。



「三人とも、唯花もよく聞け。
 今から起こることは、別に誰にも言ったって構わないが多分相手にされない」
「兄さん、何やるつもりよ」
「唯花、手を貸せ」
「? うん」
 唯花と忠道は手を繋いだ。それは兄妹でもむつみにはあまり喜ばしくない光景であった。そう感じていたらこう言われた。
「藤野も手を貸せ」
 返事を待たず忠道の右手とむつみの左手が結ばれた。大きく、ごつごつした五本の指がむつみの子供のように小さな指と絡まる。まさか手を繋ぐとは、今までの関係からは到底考えられなかった。
 それから忠道の言われるとおり、涼香はむつみと茜と手を繋ぎ、まるで花いちもんめでも始められそうな体勢になる。
「もうそろそろ花火上がるかなあ」
 涼香はのんきにいった。むつみの体温の上昇をわかっているのかいないのか、横顔は笑っていた。昨日さめざめと泣いていた彼女ではもうなかった。でもあのように泣いた彼女も、わんわん泣いたむつみも、どちらも彼女ら自身なのだった。
「あっ」
 しゅしゅしゅしゅしゅ、と打ち上げ場辺りから水が噴き出すように花火が上がる。そしてその上にばんばんばん、ぴゅうぴゅうぴゅうといくつも花火があがっていく。
「スターマインだ」
 むつみの声が消されるほど光は世界に、爆発的に満ちていく。会場にいた全てのものが圧倒されていただろう。驚きの声も、花火を添えるものにしかならない。
「よし、じゃあ、行くか」
 しかしむつみには花火に、周囲の声に消されない忠道の声が確かに聞こえた。そしてあまりにも強い、神々しい花火の姿にむつみはひっそり目を閉じた。


 恐れではない、隣に想い人がいて、何十発もの花火にむつみと忠道が照らされているという状況を心にしまいたいが為だった。



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