事務的な呼び出し音が数回鳴って、相手が応答しているようだ。李亜の声が聞こえているのだろう。彼女の声が何よりも優しく忠道の耳に流れているのだろう。
「どうも。ごぶさたしています」
 それから先の会話はうんと小さくなって、廊下で盗み聞きしていた唯花には聞こえなかった。意外と短かったようで、すぐふすまが開き、盗み聞きしていたのがもろにばれてしまう。忠道は別に気にしていないようだった。そして部屋に戻る。ふすまは閉じなかった。



「なんて話したの?」
 唯花は遠慮なく入っていった。
「京都に行くから、その時いろいろ話をしようって」
「今、京都、暑いよ」
「ああ」
「お金は?」
「それだ」
 忠道は唯花に手をさし出した。
「実はこの前指輪を買ってしまってすっからかんなんだ。貸してくれ」
「いやよ! って……指輪?」
 頷く忠道。
「給料三か月分?」
「かどうかは知らない」
「何? ダイヤ?」
「プラチナ。白金」
「ひゃあ」
 相変わらず何も言わないそぶりも見せない密かな行動だ。しかし唯花はいつになく驚いてしまう。告白どころじゃない、やっぱりプロポーズだった。


「李亜は宝石店で働いてるから、もし宝石が悪かったりしたら不愉快だろうと思って」
「へえ、宝石店かあ」
 唯花は李亜という女性を初めて知った気がした。――日本にちらばる、忠道や唯花のような不思議な能力で人を助ける仕事をする人物で、唯花が篠孝以外に詳しいことを知っているのは北海道にいる小さな頃から文通を通じて仲良しの北原珠里一人くらいなためだ。


「早く李亜さんのこと、お義姉さんって呼びたいなあ」
 唯花は微笑みながら言った。だけど二人はゆっくりしているから、そうなるのはもしかしたら何年も先になるかもしれない。


「俺も早く篠孝からお義兄さんと呼ばれたい」
 と返されるとは思っていなかったので、唯花はぼっと顔が赤くなった。




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