むつみは金曜日、最後の地学の授業を欠席した。本当は学校に来ていて、図書室にずっとこもっていたのだった。昨日、電話での告白に失敗し、家に帰ってうだるような暑さの中で眠った後、頭の中に再び言葉が帰ってきた。その言葉が頭に響いていた。
好きという二文字が、忠道に対してだけの、特別な好きという二文字の音楽が、優しくむつみに流れていた。
「今日は手紙でやってみよう!」
全ての補習が終わった後、誰もいない二年一組にいたむつみと茜に、涼香が清楚で上品なレターセットを携えてやってきた。
「手紙なら大丈夫大丈夫!」
涼香はむつみを机に座らせてしっかりペンを握らせる。むつみが何も喋る暇がない。しかし、確かに、忠道の姿も、声もない今の状態で想いを文字に託せば上手くいくかもしれないとむつみは思う。きっと今までのように言葉が逃げることはない。
淡い黄色の便箋にペン先が震えて見える。――震えているのはペン先じゃない、きっと、自分の体が揺れているんだ。昨日のうちに帰ってきた言葉がまたさっと白い光になる。言葉は口だけじゃなく、ペン先からも逃げていく。そしてむつみはそれを止めるすべを知らない。
「ダメだ」
かたんとペンを落とす。しかしむつみにはペンが自分から――想いが自分から逃げるのと同じように――逃げていったように見えた。
「書けない……」
むつみは机に体をうずめた。
「もう、むつみ!」
涼香はむりやり彼女を起こす。
「なんなのよ! あんた、先生のこと好きじゃないの?
先生のこと好きなら書けるでしょうが!」
平手打ちが、言葉になり変ったようだった。
「あんた私達のことからかってるの? いいかげんにしてよ!」
涼香の憤りがぐんとまっすぐに、うつむいたむつみを貫くが、むつみは黙ったままだった。鼻水をすする音が聞こえた。
「違うよ、からかってなんかないよ……」
「じゃ何で告白できないのよ! 言葉が消えるなんてそんな馬鹿なことあるわけないじゃないのよ!」
むつみの肩をつかんで大げさに揺らす。その中でむつみは叫ぶ。
「私だってどうしたらいいのか全然わかんない!
私、すごく先生のこと好きなのに、こうなって一番困ってるのは私だよ!」
叫びが一気にむつみの中を駆け、それは普段の彼女からは考えられない力となって満たしていく。涼香を振りほどくのもやや乱暴だった。
「涼香何にもわかってない! わかってないい!」
えええん、とむつみは堰を切ったように泣き出した。机につっぷして、腕に涙の跡を残していく。涙は綺麗にまとまらず、ぐちゃぐちゃに腕を濡らしていった。
「わかってるけど……わかってるけど……」
段々涼香もうつむいていって、目の辺りをこすり始めた。
「涼香はさ、私ふられるかも知れないのに、
なんでそんな無理やり、告白させようとするの!
もうやだよ! もうやだあ!」
「……ごめん、ごめん」
ごめんねえと、いつも明るく振舞っている涼香がしずしずと泣く。おしとやかで大人しいむつみが声を大きく上げて泣く。
「……あのさ」
その対照的な構図を黙って眺めていた茜がようやく口を開けた。