「もう寒いし、あと、遅くなってきたから、送ってく」
 もう少し二人でぼうっとしていたかったが、名残を振り切るように立ち上がった。年頃の女子が遅くなるのはまずいだろう。舘町も特に何も言うことなく立ち上がる。引き止めてくれるのを期待しなかったといえば嘘になる。やっぱり少し寂しかった。密かに肩を竦めながらテレビの電源を切ると玉川、と呼ばれた。
「かぐや姫のこととか十七とか……なんか、変な話して悪かった」
 ごめん、とお辞儀した。
「別に構わないって、全然。むしろ面白かった。俺の方こそ、特に面白いこと無くて悪い」
 ギターを弾いてくれた、と頭を振りながら舘町は呟く。自分のギターを家族以外に聴かせたのは初めてだし、ある程度の好意を持っている女子からそう言われれば、再び舞い上がりそうになる。ほんの一瞬前まで落ち込んでいたというのに。
「一人で帰れるから、送ってくれなくてもいい」
「駄目だろ。この街、ただでさえも街灯少ないんだし。何ていうの、その、暴行被害は少ないけど、やっぱり女子が一人でいるのは危ないし、男としての責任みたいなもんだよ」
 お節介じゃないからな、と今さらなことを茶化して言ってみるがあっちも駄目、いいから、と否定する。繊細な外見だが意外にも頑固らしい。
「いいの、送るったら送る。お前の後ろ少し離れてついてくし――」
 じゃらりと家の鍵を持った。音もちょっと苛立っている。
「……それ!」
 突然、舘町は思いもよらぬ行動に出た。俺に近づいたかと思うと、突然鍵束を奪ったのだ。慌ててごめん、と言いながらも返そうとはせず、ただ一つ鍵についた飾りをじっと見ている。何が何やら、あまりにも突然だったので苛立ちなんか逆に吹っ飛んでしまう。
「何、その石、気に入った?」
 舘町がじっと視線を注いでいる石は、どこか月に似ていた。彼女は無言で見つめ続けるばかりだったので仕方なく口を開いた。
「それ、俺が拾ったんだ」
「……玉川が?」
「うん、小学校の頃に。
 遠足で山に行った時に見つけたらしくって、リュックのポケットの中に突っ込んでたんだとさ」
 実はあんまり覚えちゃいないんだけど、とそっと鍵を取って、石を照明に照らす。月明かりの方が風情があるかと思ってまた縁側の方に近づいて、石と月を重ねた。
「どう考えてもただの、ちょっと綺麗な方の石にしか見えないのにな。
 母さんがえらく気に入って、こうやってキーホルダーの飾りにしたんだ」
「もう一回、見せて欲しい」
 舘町に渡すと、やはり真剣な目で見つめ始める。だけどしばらくすると、研究者の如きその双眸は急に哀愁を帯びた。
 あ、と心中で呟く。月光の中でぼうと浮かぶ、舘町の端正な横顔を見つめている俺の心からは、言い知れない切なさがとくとくと流れ出た。だから、思わず言葉は流れ出る。
「それ、やるよ」
 え? と彼女には珍しい間の抜けた声が零れる。とても可愛かった。
「どうせそんなのどこでも見つけられるし、店に行けばそれよりいいもの沢山あるから」
「……悪いよ」
 いいから、と鍵を奪って、飾りを外す。月の光が固まったような宝石まがいのそれは、俺にとって特別な意味を持って舘町の掌の上に転がる。舘町にとっては、どうだろうか。ぐっと握って、ありがとうと、祈るように目を閉じた。それを恭しくハンカチに包んでスカートのポケットに入れると、改めて俺達は外に出た。
「……でも、送ってくれなくて本当にいいから」
「何だよ」
 さすがにここまで来てそれはないだろう、と俺は一瞬膨れ面を作ってみせた。半ば意地だった。舘町は少し可笑しかったのか、微笑してくれた。
「その代わり、これ、持ってて」
 言うなり彼女はその首に手を回す。しばらくすると胸元から平べったい、これも月の色に似た乳白色の石がトップについたペンダントが出てきた。有無を言わさず俺の掌に載せた。胸元にあり、まだ温もりが残っていることなどがやけに変な気分にさせたが、悟られないようにありがとうとそのペンダントを握る。このことは彼女にとって、特別な意味を持っている。そう思いたい。

「人間臭いな」
「え?」

 何でもない、と弱弱しく頭を振ったので、思わず頭を撫でてしまう。すぐにきゃ、と、舘町らしくない高くて女の子らしい声をあげたので、赤面して手を引っ込めた。勿論顔を伏せる。何でこんなことしたんだろう。
「じゃあ、気をつけて帰るんだぞ。明日また――」
 学校でな、と言おうとしたのに、玉川、と少し大きめの舘町の声が遮ってしまう。


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