17の月



 生地を千切って、掌の上で優しく丸める。団子が空に浮かぶ月と同じように思えたら出来上がり。それを繰り返していくうちに、名月はひっそり昇ってくる。毎年変わらない清らかな月光を、あくまでも静かに大地に降ろしているのだろう。並べた団子を数えながらそんなことを思う。今日は竹取市が一年の中で一番、そっと盛り上がる一日だ。
 竹取市はわりあい田舎の街で、その中でも山の方に入る。昔からUFOだの宇宙人だのスカイフィッシュだの、そういう得体の知れないものがよく発見される街としてそれ系の趣味の人達から親しまれている。勿論それだけじゃなくて星や月、惑星も随分綺麗に見える場所としても知られていて、全国から多くの天文ファンが集っては、天文イベント――例えば、月食や流星群、彗星などの観測会――が開催されている。更には、隕石やら何やらも、山に意外と落ちてくるんだそうだ。土地自体が宇宙に強く結び付きを持とうとしているんだろうか。そういう石等はもっぱら市の博物館で展示されている。
 そうそう、宇宙といえば結構活躍している宇宙飛行士も、何人かがこの竹取市出身だった。この間宇宙に行った人の特集でニュースで紹介されてから、また観光客が増えているらしい。竹取市なんていういかにもな街の名前も相まって、天文を町興しの素材として市が重要視し始めたのはもう結構前のことになる。月や星やUFOをかたどったお土産品は勿論、ゆるキャラなんかも生み出したりもしている。星がよく見えるように街灯も他の街に比べて少ないし、物騒と言えば物騒なんだけど、でもまあお国柄というか、あんまり凶悪な事件が起こったりすることはない。精々、泥棒が入るくらいだ。
 そういえば去年、博物館に入った泥棒まだ捕まってないんだったなあ、結構盗んでいったはずだけど……と思っていると、いつの間にか団子を丸め過ぎてしまったことに気付く。でも丸めるのにやり過ぎも何もあったもんじゃないだろう。他のものと丸さも味も何ら変わらないはずだ。しかし俺はそれをつまみ食いしてしまった。何の味付けが無くても、団子そのものが持つほのかな甘みが美味しい。

 この竹取市では中秋の名月の頃になると、何とも平和な話だが街の人皆がお月見をする風習がある。それだけなら日本全国にあるささやかなことだろうけど、街の人が皆丸い団子をせっせと作ったり買ったり、会社や学校の屋上にお花見よろしくシートを広げたり、大学の音楽サークルや市民劇団が月の下で公演したりする辺り、徹底していると言えるだろうか。俺は生まれも育ちもこの竹取市だから他の土地のことはよくわからないけど、各地にあるお月見会場から全国ニュースのカメラも見かけられるなんていう話もあるらしい。やっぱり、一年に一回、特別な満月の――実際のところ、名月は満月に限らないんだが、毎年わかりやすいように名月に近い満月の日、にしてしまったのだ。月が見れるなら何でもいいんだろうか、しっかりしているように見えてアバウトな街だ――この日は、一年で一番竹取市が盛り上がる一日としていいだろう。しかししっとりしたイメージのあるお月見でどんちゃん騒ぎするのも風情が無いから、羽目を外さない程度、静かに盛り上がる。そのツケが、春のお花見にくるわけなんだが。勿論お花見も夜桜でやるケースが多い。
 高校生の息子と中学生の娘がいるというのに、倦怠期などさらさら感じさせず未だに仲が良い父さんと母さんは、学生時代から行きつけの音楽喫茶のお月見会に出かけている。妹はブラスバンド部の子達と文化祭の練習がてら学校でお月見パーティだという。この日ばかりは学校側も許可せざるを得ず、何人かの先生の監督がついている。でも監督役の先生達は案外嫌な顔をしていないらしいから、役得なのかもなあとぼんやり思った。






 舘町、まだ来ないかなと俺は団子を丸める手を止めた。今年は舘町桂という同級生の女子と一緒に、俺の家でお月見をする予定だった。
 彼女は去年、竹取市に転校してきたばかりだった。転校してきた時期は五月のゴールデンウィークが終わった辺りで、どことなくミステリアスな感じを抱かせるやけに美人な容姿も相まって、何でそんな変な時期、しかも高校生活がスタートして間もない頃に転校してきたのかと陰では言われていた。大型連休が終わってしまって無性にやる気が無い時だったこともあるし、余計に皆の苛立ちは彼女に向けられていた。女子は特にそうだった。彼女の優れた容姿が女子達のコンプレックスを刺激していたこともあるだろう。
 しかし彼女はそんなクラスからの嫌味な針の如き視線をものともしなかった。何があってもわりと泰然自若としていたし、悪目立ちもしないで大人しく、勿論素行もよかった。その上ばりばりに勉強が出来て、進学希望のがり勉の生徒達を卑屈にさせ、時には教師を唸らせた。しかし、舘町はかなり病弱だった。よく体育の授業は見学していたらしい。学校自体を休む日も他の生徒に比べて多かった。まあそれで勉強が十分すぎる程出来るんだから僻まれて当然なんだけどそれは置いておこう。


 俺が初めて彼女に声をかけたのも、彼女が苦しそうにしていたからだった。
 あれは確か選択授業の美術の時間、学校近くの美術館に出かけた時だ。月と星の芸術なんていう、いかにも竹取市らしい催し物を俺は若干つまらなさを感じながら見ていた。舘町も俺以上につまらなさそうに見ていたが――突然彼女は何かの彫刻の前で倒れるように蹲った。
(大丈夫?)
 その当時、保健委員だったから声をかけたに過ぎない。最初はそんなものだった。
(ロビーに行って休んでた方がいいんじゃないか)
 だけど彼女は大きく手を振り俺を払いのけた。触らないでと、近づかないでと言っていた。苦痛に顔を歪めながら恐ろしいほど冷徹に言ってのけたのであんまりだ、と眉を顰めたことをよく覚えている。
だけど、そう言って何かひどく怯えながら俺の顔を窺った彼女の顔は、気分の悪い状態だったのに澄んで見えて、清らかだった。具合が悪かったんだから汗をかいて、その所為できらきら見えたのかもしれないし、去年の記憶だから美化されていると結論付けるのが妥当だけど、周りに溢れていた芸術作品なんかよりもずっとずっと綺麗だったという印象がある。それは、その後の彼女の見方を決定づけた。舘町は、綺麗な人だった。
 それからというもの、見かけたら挨拶くらいはするようになった。最初は無視したり、ぶっきらぼうに顔を背けていた舘町は段々と心を許してくれて、返事をくれるようになった時は心底嬉しかったなあ、と俺は思い出しながら生地を千切る。
 自分で言うのも何だけれど根がお節介だからか、何となく見捨ててはおけなかった。そんな俺を友達は茶化したし、女子からもひそひそ何やら言われるようになったが、陰湿ないじめには発展せず、からかいで終わったのが救いだろう。けど席替えの度に席を隣同士にさせられたり、テスト週間が始まると一緒に勉強するんだろう、と変な視線やせせら笑いを浴びたりしたが、まあ別に許容範囲だろう。舘町は以前からの延長に過ぎないと言わんばかりに特に気にしていなかったようだし。だけどそれもそれで悲しい気もする。二年でも同じクラスなのは、それでも嬉しかった。……やっぱり、俺はただのお節介以上に舘町のことが好きなのかもしれない。


 丸める団子を手に取り、月に見立ててみる。
(皆が近頃騒いでる、お月見って何? 玉川)
 先週の舘町の言葉が思い出される。頭脳明晰な舘町がお月見のことを知らないのは意外中の意外だった。去年の名月は十月、文化祭の準備が被っていて、学校ではそんなに騒いでいなかったのもあるだろうが、ただ俺は目を白黒させてどう説明していいか、シンプルなことなのに何だか戸惑った。まあ単語自体は知っていても、何をするか具体的には知らないという人も最近はいるしなあ、なんて思って適当に説明していた。
(俺、今度の月見、家で独りなんだけど……来る?)
 今思い出してもあからさまな誘い文句だった。苦笑も出ない。そりゃあ舘町のことは好きだけど、ものすごい下心があるわけじゃない。話の流れでそううっかり言ってしまった自分が情けないのやら勇気があるのやら天然なのやら……はあ、と呆れて息をつきながら月の化身の団子を降ろし、団子仲間に加えた。だけど、舘町が少し考えるそぶりを見せて行ってもいいか訊いたときは純粋に嬉しかった。小学校の時分、仲良くなった友達が初めて家に遊びに来る感じに似ていた。多分俺の彼女への好意は、友情に似たまっすぐで汚れの少ないものなのだろう。


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