舘町は迷ってるかもしれない。携帯電話を持っていない彼女に連絡を取ることは難しい。俺は家を出て少し歩くと、すっかり日が沈んで今日の主役が昇ってきた夜空の下、見慣れた制服姿の女子を見つけた。舘町だった。色素の薄いショートヘアが秋の気配を含んだ涼しい風に少しだけ靡いている。病弱なのに、寒くないかな、と思った。靴下は履いていても、まだ夏服だ。カーディガンくらい羽織ればいいのに。
「遅くなった。少し迷ってた」
「団子全部出来たところだしちょうどよかった」
「玉川が家を出て探している時点で、迷惑かけてる」
 舘町の喋り方には、女子らしい丸みがあまり無かった。この話し方も、女子の気に触るのだと思う。背の高さは標準より少し高いくらいだが、目つきも若干厳しいし、ショートヘアだし、全体的に少し男子っぽい。その上で綺麗なのだから、もう少し処世術に長けていたら女子人気がさぞや高かっただろう。


 家に帰って、縁側を開けて月を見ながら、二人並んでもくもくと団子を食べる。多分無言が続くんだろうなあと思いリビングのテレビをつけっ放しにしておく。地元のニュース番組では今日のお月見イベントについて特集していた。
「玉川」
「ん?」
「美味しい」
 少しだけ頬をもぐもぐ動かしながら、舘町は無表情でそう言った。だがその言葉には十分彼女の感情が込められていた。彼女は団子を嚥下すると用意した緑茶を飲む。
「ごめんな、つまんなくて」
 その感想だけでも嬉しかったが、実際ただ月を見て団子を食うだけはあまりにも楽しさに欠けていた。そもそも舘町に楽しいなんて思って貰うことが難しいのだけど、誘った手前、美味しい以外に何かを思って欲しかった。だけど、それは俺の我儘に過ぎない。
「いい」
 湯呑を手で包んだまま舘町はぽつりと言う。
「こうしているだけでいい」
 月の光が優しく彼女を照らす。満月の光は、こんなに眩しく辺りを照らすだけなんだろうか。まるで彼女自身が光っているような感じがした。光に俺の我儘な想いが、ゆっくり溶かされていく。ただこうして二人でいることに、満足を覚えて嬉しくなれた。
 テレビから、その月光の優しさに似た、聴き覚えのある旋律が川が流れるように聞こえてくる。思わず横になりたくなるような心地よさがあった。
「ムーンリバーだ」
 リビングのテレビに向かって身を乗り出す。市民音楽団の演奏を中継しているらしい。
「それ、何」
「今流れてる曲。確か、何かの映画の曲」
 父さんが知ってると思う、と俺も緑茶を飲みながら呟いた。段々寒さも感じられてきた秋の夜長に暖かい緑茶はありがたい。アマチュア楽団のそれはちょっと拙いメロディだったけれど、何だか暖かさを感じてしまう。
「音楽」
「ん?」
「玉川は音楽やらないの」
 そう訊く舘町はやっぱり無表情だったけど、その分瞳は無垢だった。
「妹が吹奏楽してるって、両親も音楽が好きだって、玉川言ってたし」
「覚えてたんだ」
「でも選択科目、美術だった」
 少しでも俺に詳しくないと出来ない質問だった。それに思い至って、やっぱり嬉しくなった。頬に赤らみが出来るのを感じながら、首を掻く。
「ちょっとだけ、父さんのアコギ弾ける」
「あこぎ?」
「アコースティックギターのこと。
 でも、父さんより下手だし、どっちかって言うと美術の方が得意だから、選択は美術にした」
「音楽、嫌い?」
「いや、好きだけど」
 そう、とまた舘町は団子を一口食んだ。何を意図していたのだろう。妙に居心地が悪くなったのと、ちょっと考えがあって席を外した。戻ってきた時、少しだけ舘町は目を丸くした。俺の右手にはアコギが握られていたからだ。
「ちょっと弾く。お月見の余興」
 なんてな、と言いながら舘町の横顔を窺う。丸くなった目はまだ戻っていない。彼女の予想外の行動に出れたことに少し得意になって、一曲二曲と弾いた。多分彼女が知っている曲では無いが、ずっと固い顔をしていた舘町は随分表情が穏やかになった。
「やればいいのに、音楽」
「そうだなあ……大学行ったら、考えてみようかな。サークルとか。
 舘町も、弾いてみる? 一緒にやってみるか?」
 ギターをくいと持ち上げて見せた。
「……出来ないからいい。壊すと、悪い」
 最後に、でも聴かせてくれてありがとうとそっと言い、笑った。月の光のようなすごく儚げな笑みだったけれど、舘町が楽しんでくれたようで何よりだった。


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