天狼、天狼、と自分を呼ぶ声で天狼は目を覚ました。
周りにはたくさんの人――兵も、民も――が自分をのぞき込んでいて、少しぎょっとした。
「よかった!」
と、声を出したのは陽姫の弟・陽仁であった。
陽仁によると、戦いは日蝕の後敵側がばたばたと自然に倒れてゆき、勝利をおさめたそうだ。安西家の城は人々が全員、息絶えていたという。
玉梓の仕業だろうか。
「天狼!」
父の声がした。
「天狼、無事か」
「殿、父上……。――陽姫が……私が、ついて、いながら――」
たくさんの瞳が物語る。ところどころ崩壊した祠が物語る。
姫が消えたことを。
太陽の姫が――失せたことを。
「ひめさまぁ!」
遠くから子供達の声がした。上半身を起こすと、よく陽姫が城下で遊んでいた子供達だった。そう、陽姫は十六になっても無邪気な子供として遊びに出かけていたのだ。
「ひめさまっ――」
彼らは祠の中央にどたどたと走り出した。天狼も、陽徳も、陽仁も、みんながみんな、中央に目を向けた。
どの瞳も、その光景を疑った。
うっすらと、ぼんやりと、ふんわりと、宙に浮くその姿が見えた。
短い髪。白い、女神のような衣。細い体。
そして全てを包む太陽の眼差し。
まぎれもない。
陽姫。
「陽姫!」
「姉上!」
ゆっくりと、こちらに顔を向けて、そうして、陽姫は笑う。
「陽姫――」
天狼はぽつりと呟く。そして、陽姫は笑いを消さずに、ゆっくり消えていった。
光が、ともる。あちこち、ともる。
あたたかな黄色い光が、里見国の中央に。
姫を中心に――
天狼は後日、名を大犬座のシリウスにちなみ、天狼星――シリウスと改め、髪を下ろして僧形となり、旅に出ることにした。
陽姫がのこした、十二の星座たちを求めて。
まだ、幼い者、つまり子供達には陽姫の姿が見えるようで、黄色い光も、昼夜問わず満ちている。
陽姫は生きている。
陽姫が復活するためには――。
太陽を守る、十二の星座達がきっと必要だから。
そして三十年が過ぎ、
運命は大きく、廻り始める。