一方、天狼は雲行きの悪さから不吉なものを感じとり、戦線を離脱していた。


 ――陽姫が。


 自分は姫の随身だったのに、戦場に出るべきではやはりなかったのだろうか。でも。
 天狼は馬で、城まで駆ける。目的地は祠だった。

 馬を圉人にあずけ、重い装備もほぼそのままで、それが衝突しあうことで出るかちゃかちゃいう高い音もそのままで、祠まで駆ける。まだ昼時のはず、しかし空は、冬の夕方のような重い顔色をしていた。太陽が何か重い病を患ったように見え隠れしていた。


 姫、姫。


「陽姫!」


 祠に飛びこんだ。急に走ったため呼吸が激しくて、やや苦しい。しかし、幸いかな、陽姫は無事だった。彼女も驚いて、天狼? と叫んだ。


 二人の視界には、一人の見知らぬ、妖艶な女性が、いた。


 目を包帯か何か、白い布で包み隠し、この国では見たことがないほどの長くて黒い髪を流し、京の都の女官たちが着るような紫の衣を身にまとい、梓の枝を携え、妖しく、微笑んでいた。


「――何者だ」


 天狼が陽姫の前に――その女の前にでて、不思議と声を強張らせて訊いた。

「――おや。まァ、わからないの?
 私を、惨殺した国の者よ」
「――まさか」

 天狼に息の詰まるような感覚が起こり、彼は目を見張った。見つめたのは彼女が持つ梓の枝だった。陽姫には、わからない。幽霊か、それとも。


 怨霊か。


「そうよ、太陽の姫」

 心を読まれ、陽姫はどきりとした。手に、全身に、変な汗が浮かんでくる。

「陽姫、あの怨霊は――」
「私は、里見初代に侵略された山下家の、単なる書官女だよ」
「――玉梓、かつてこの土地を、民を暗黒の世に堕とさせた――」

 玉梓。
 ――そう呼ばれた女はますます妖しく笑った。

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