時に優しく、母性で人を包み、
 時に慎み深く、姫の威厳を示し、
 時に無邪気で、誰とでも和を成し、
 時に勇敢で、国の危機に動く。

 太陽の姫。

 十三歳の時、黄姫は人々の望みと、姫自身の望みの一致により、

 陽姫

と、名を改めたのだった。




 この頃から陽姫とその随身・辰川天狼は、文武両道を誇る辰川家の書斎で勉学にふけり始めた。様々な分野に手を出したが、とくに気に入ったのは、辰川家が専門とする天文学と、道徳として広く受け入れられている儒学だった。

「仁、義、礼、智……忠、信、孝、悌。
 うーん、あと四つの徳があったらいいのになあ」

 陽姫は、隣の大陸の華北から伝わった、表意文字だらけの古い儒学の書物を広げながら、やや気だるそうに呟いた。
 陽姫が口にしたるは人の守るべき八つの行いの徳、人道八行である。
 「八つでいいじゃないですか。和秦では八は神聖な数字なんですし」
 苦笑しつつ天狼が返した。本棚に本を並べているところだった。陽姫十四歳、天狼十八歳、穏やかな日光が二人を包んでいる昼下がりである。

「だって、星座や十二支は十二個あるじゃない。私、十二星座すきなの。黄道十二宮は、太陽の道を守っていて、とても強い星だって天狼言ったじゃない」
「姫は星座が好きというよりも、太陽信仰に熱心ですね」

 天狼が、聡明な目で陽姫の姿をとらえてそう言うと、ちょっと、陽姫はすくんだ。
 城の中央に位置する太陽の祠。遥か彼方の遠い国の建設をとりいれた聖なる場所。
 陽姫が名を改めた頃から、ほぼ毎日、彼女はその場で遥か彼方の赤い光に祈りをささげている。

「お日さま好きなのよ」
 少し、むくれて陽姫は言った。
「それに祠の建設! あれは十二星座発祥の地の、ええと、希臘っていう、気の遠くなるほど遠い国の建築なのよ」
 寝そべって書物を読んでいた陽姫は起き上がって、興奮しながら天狼にまくし上げた。自分の知っていることを、相手にも教えたい。当然逆もまた然りといった口調だ。

「知ってますよ。だいたい、里見に天文学全般を持ち込んだのは我が辰川家。いやむしろ和秦に太陽暦と星座を持ち込んだのも、私の先祖と言い伝えられております」
 えへん、と天狼は誇らしげだ。
「すっごい!」
 陽姫はひゃあと声をあげた。
「どうしてそのこと今まで教えてくれなかったの? とっても素敵なことね!」
 十四になっても、陽姫はまだ、あどけなく笑う。天狼もまた目を細めた。

「私は黄道で太陽が、獅子宮におはします時に生まれたらしいの。だから私の星座はしし座なのよね」
「私も、しし座ですよ」
 陽姫と天狼の日々はこんな風に、穏やかに過ぎていった。





 陽姫が十六の時だった。
 隣国の安西家がその年凶作に見舞われたのだ。幸い、里見国にその禍いはなく、米やその他の作物も豊作とまでいかないが、例年より収穫が多かったので、援助をしたいという使いを、安西に送った。


 しかし、使いは首だけになって帰ってきた。と同時に、安西が並々ならぬ兵を率いて、攻めてきたのである。

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