Princess palace 紫の章



 遠い遠い、昔のお話。
 和秦関東地方、安房の里見国で一人の姫君が生まれた。
 この安房の地に里見家をおいて三代、初の姫君。京の都より御室戸斎部の秋田という名付けの神官を招き、名を付けた。
 姫を中心に、この里見の国に平和が育まれるように。中央を司る色、黄にちなみ、
 黄姫。
 その姫の幼名は、黄姫といった。



 姫の誕生を祝い、隣国から、友好関係のある遠い国から、旅芸人も行商人も、海を越えた南の島からも、土地から溢れるほどの人々が里見を訪れた。
 そして黄姫が三歳の時である。さすがにもう誕生を祝う者は訪れなかったが、和秦の隣に位置する国・華北の高麗から訪れた占い師が、奇妙なことを告げた。
 将来、黄姫に授けられる御子の占いの結果であった。
「お子様は多いですの。十二人、出来るようですじゃ」
 黄姫の隣にいた父、里見三代目陽徳は和やかに笑い、妻は目を丸くして驚いた。
 女一人に十二人は、多い。
「そんなに生まれるのですか」
「占いによれば。――四人が姫君、残り八人が王子ですの。どのお子様も、この里見を支える賢臣になられることでしょう。
 ――しかし――」
 そこで占い師の老いた顔が不吉に曇った。父ははて、と首をかしげると、彼はひそかにゆゆしく告げた。
「婿殿の姿だけ、この水鏡にはうつっておりませんのです」
 黄姫たちからも、黒い大皿をひたす水面には何も見えない。占い師はそこから何かを感じとっている様子だ。
「ただ――まばゆい程の光がみえることもあれば、夜の闇よりも、うんと暗いものがみえることもあります」
 それをうけて、今まで占い師のことをまじまじみつめているだけだった黄姫が、

「じゃあ人間じゃないかもしれないね。
 こころかもしれない」

と、利発な返事をしたので、父母や占い師は思わず舌を巻いた。



 黄姫は姫という身分にそぐわず、よく城下へ遊びに出かけた。伸ばした髪は自らざっくばらんに切ってしまい、まるで男わらべのようだったし、絢爛な着物や、京の都から取り寄せた錦の美しい十二単も脱ぎ捨てて、まっしろな海外のワンピースを身につけて、どろんこになって帰ってくるのが常だった。
 陽徳は嘆き、
「絵巻に描かれているような美しい姫に育てたかったのに」
としばしば妻に言った。彼女は微笑んでこう返した時がある。

「でもね、あの子はやっぱり姫ですよ。
 儀式の時には服装にも気をかけますし。威厳もありますわ。
 天狼から聞いた話ですけど、何より城下の民たちにあの子は優しいんですってよ」
 天狼とは、里見家がこの地に移る折に貢献した辰川家の長男である。黄姫の随身としていつも黄姫のそばに仕えている。
「かと思ったら無邪気で、身分も何も関係なしで子供たちと遊んで、そうかと思ったら、何か仲間内で困ったことがあると率先して解決しようとします。勇気もあります。
 蝶よ花よと育てられた絵巻の姫よりも、ずいぶん人間的な魅力があって、美しいと思いませんか」

 陽徳は、それもそうか、とひとまず納得した。
 城の臣下たちにも、使用人にも城下の民たちからも、国中の誰からも慕われる、太陽のような姫。


 そう、いつしか黄姫は太陽の姫と謳われはじめた。


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