尭が家を失った者や孤児達に住む場所をあてがっている長屋群に、一人の泥酔した、位の低い貴族がふらりふらり千鳥足で彷徨っている。朝が早い住人達に対し、お前達は人ではない、この社会から出ていけ、とでも言うような目を向け、睨みつけ歩く。下卑た言葉を口にしないのは、彼が口に三本も煙草を咥えているからである。
 薄汚れた子供が二人、三人、彼を見る。男は濁った眼で睨み返すときゃあと半分怖がり半分笑いながら、蜘蛛の子を散らしたようにどこかへ走り去っていった。男は、貴族でありながら、それでも下の下である自分の不遇を馬鹿にされたようで頭に血が上り、咥えていた煙草を吐き出した。加えていた部分はぬめぬめとした汚らしい唾液がべったりついており、てらてら朝日に光っていた。木造の家の方へ吐き出したその煙草の先端はまだ煌々と赤く、男は炎上を願った。
「へっ、ざまァみやがれってんだ」
 言葉も乱暴に吐き捨てた、その時だ。
 ぼうっと、その三本の煙草から到底考えられない程の火柱が立ち、男の顔を橙色に照らした。突然、竜が火を吹いたと比喩してもおかしくない。
 その状況が掴めない彼はただへたりこむ。傍の家はみるみる炎の化け物に喰われていく。火は広がり、向かい三軒両隣を踊るように次々と燃やしていく。
「ひ、ひ……な、なな、なんだこりゃ」
 尻を使い男は後ずさり、何かにぶつかる。
 彼が見上げた先にあったのは、二つの赤い目だった。














 尭の書斎の扉が乱暴に開かれ、尭、舜、劉、その他の者が振り向く。扉の方に集まっていた大勢の人々の前にいるのは玄冬団の幹部、禹という青年だった。
「どうした禹、騒々しい」
「どうしたもこうしたもねえよ、舜兄っ!
 長屋に火が――いや、長屋どころじゃねえ、街全体巻き込んだ大規模な火事だ!」
 何だって、と舜は扉の方へ集まる。よく見ると人々の中に玄冬団の顔ぶれがちらほら見えた。
「なら早く消火――街の人を助けなきゃ」
 そこで禹は尭様! と尭を呼ぶ。尭は最初にいた場所から動いていなかった。苦虫を噛み潰したような彼は何だねと重々しく口を開く。
「指示を――いえ命令を――革命の命令を下さい!」
「! 禹、お前何を」
「舜兄! 今やらないで、いつやるんだ!
 出火の原因を作ったのは貴族だって話だ、今が革命の時なんだよ!」
 落ち着けと舜は禹の体を揺するが待てと尭の声がする。
 彼は一歩ずつ、しかし早足で舜達のもとへ近付いてきた。
「――みんな、待たせてしまったな」
 尭様、と様々な声がわく。歓喜、驚き、そして、咎めの声。
「今を逃したら、また何年も時をかけねばなるまい――」
 尭は視界にある全ての目と目を合わせ、
「革命だ」
 そう高らかに――しかしどこか苦しそうに発表した。




 2      
プリパレトップへ
小説トップへ

inserted by FC2 system