September




 店の入り口にある自動ドアが開くと、遮断されていた熱風が俺の体を包み込んだ。冷房の強い店内では、今が夏ということを忘れる。暑いから夏で、その為に冷房をかけているというのに、笑える話だ。
 腕時計を見る。もうすぐ日が変わるところだ。少し居過ぎたな、と俺は賑やかな、深夜まで営業している本屋を出て駐車場へ足を向けた。その時、鞄の中で携帯電話が振動する。鞄の内部は意外にもごちゃごちゃしていた。震えるそいつをようやく取り出して、誰が俺を呼び出しているのか見る。まあ、誰からかは大体見当がついていた。暮葉(くれは)だ。こんな時間にかけてくるのはあいつしかいない。
「もっしもぉーしぃ」
「うわぁ、電話越しでもなんか酒くせえよ」
 にひひと少年のように笑う奴がまぶたの裏に浮かぶ。案の定にひひと声に出して奴は笑ったようだった。
「むーかえーにーきーてー」
「たまには自力で帰ってこい」
 そんなことを言いつつ電話を切る。車に乗り、エンジンをかけあいつのもとへ向かう。気だるげなため息をつきながら、ハンドルをゆるやかに回した。
結局俺は暮葉を迎えに行くのだ。別に運転手として契約しているわけではない。そういう関係が、昔から続いている。


 暮葉は居酒屋の前で、何か溶けてしまったモノのように体中を脱力させて待っていた。俺を見るなり、酒の臭気を纏った奴は俺に抱きついてくる。俺が酒嫌いなことをわかってやっているので、たちが悪いったらない。あいにく男に抱きつかれる趣味は無いので、顔をしかめて適当にあしらい後部座席に乗せた。まったくいい歳なのに、酔ったこいつは子供だ。
「まーた呑んでたのか」
「おいしいよ?」
「呑んでたのかって訊いてんのに……」
 やれやれと少し大袈裟に肩をすくめて見せたのは、暮葉に呆れたのもあったが、「俺の仕事」が開始される合図である、次の言葉を言うのが面倒くさかったからだ。でもこの「仕事」をしなきゃ俺は家に帰れない。
 仕事。もちろん個人的なものだ。昼間にやってるデスクワークなんかとは程遠い。ある意味で、俗っぽい、下賎な仕事。
「どこへ行けばいい? 駅の近くの女? それとも、こっから一番近い女のとこか?」
 俺の仕事は――酔った暮葉を、女のもとへ届けることだ。

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