暮葉は、俺の勤めている会社の総括・長谷川グループの三男で、俺は暮葉の従兄弟だ。従兄弟同士で、家が近いのもあって、ガキの頃から一緒にいた。小学中学高校大学と、いろいろと付き合いが長くなって、気がついたら俺はコネで長谷川家の会社に入っていた。まあ従兄弟だし、そうするのは無難な道だったろう。
暮葉の兄さん達は、長男がグループの次期総統で、次男が長谷川グループ管轄の病院で医者として働いている。つまりエリートだ。一方三男の暮葉は特にこれと言って特筆すべきことはない。ただ、家の会社のそこそこいいポストにいるだけで、あとは遊んでいる。黙っていても、喋っていても、何をしていてもいい男だ、というとんでもない魅力があることもそれに拍車をかけている。
 俺がこいつを女のもとに届けるのはもはや日常で、しかもほとんど毎回女が変わる。だから俺がさっき言ったどこへ行けばいい? なんて言葉、実際大した意味は無い。でも何か言わなきゃ腹が立ってくるのは俺だ。
 女にもてるのが羨ましい……なんて、中学生じゃないんだから、俺ももうそろそろ冷静になろう。今度からは言わないでおこう。そんなことを考えていると奴は言う。
「ちょっと、遠いけど、いい?」
 答えなんか聞かなくていいだろうに。俺はアクセルを踏んだ。




 こっくりこっくりと鏡に映る暮葉の頭が動く。酔っ払っているのに、街でよく見かける酔っ払いみたいに汚く眠らない。何をするにしても、こいつはとことん貴族な奴なのだ。
 暮葉の隣にはたくさんの資料を吐きだした鞄があった。暮葉の鞄だ。赤信号で止まっている間、鏡に映るそれを俺は視界の端に確認する。信号が変わり、俺は再びアクセルを踏む。
 あいつが遊んでばかりじゃないのはわかっている。今日も、この前も、そのまた前も、友達や同僚や女と吞んでいたわけじゃないのはわかっている。仕事相手のおっさん達と呑んでいたことをあいつは言わない。……本当は、そこまで酒が呑めるってわけでもないのに。
かっこいいとか思っているんだろうか。弱音とか、愚痴とか、素直に吐かないことが。暮葉は昔からそうだった。大人になった今も変わらないし、本人も変わる気がなさそうに見えた。
ひゅんひゅんと、周りの光が迫っては夜の闇に消えていく。音は聞こえないけれど、風も迫っては車を撫でてどこかへ消えているだろう。ただひとつ、消えないでゆっくりついてくる光がある。
「月」
 眠っているはずの暮葉の声がしたので俺は思わず体を浮かせた。
「綺麗だな」
「あ、ああ」
 その正体は月だった。あんまりよそ見は出来ない。ゆっくりついてくる光から意識を外し、俺はまだ見ぬ女のところへ加速する。暮葉はまた眠り始めた。俺が何を考えていたかなんてあいつには知る術はないけれど、俺の腹の底にたまったもやもやとしたものを垣間見られた感じがした。きまりが悪い。

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