「大丈夫ですか」
 李白が隣にやってきた。表情を見るだけで彼女もカーレンを心配していたことがわかる。カーレンは李白をまじまじと見つめた。白い肌に、マーラを思い浮かべ、そして杜甫が浮かぶと、カーレンは急にがばと起き上がった。

「どうした?」

 与一が寄ってきた。花火も、オーレも、姫のもとに集まる。カーレンは立ち上がると李白もスピカもそれに倣う。スピカは彼女の濡れた表情に、突き抜けてくる鋭い何かが走るのを感じた。重く、苦々しいが、カーレンを鋭く刺すものを。

「李白さん」

 その声は李白を、鋭い何かの前に据え付けた。李白は知ってか知らずかカーレンを無防備に見て、彼女の方にきちんと体を向けた。
 カーレンは自らの腰の辺りをごそごそと探った。段々悲しげな顔になっていく。何かを手にしたようで、服から手を放す。

「ほとんど、なくなっちゃった……」

 カーレンは声まで悲しげであった。左手はきゅっと、しかし優しく閉じられている。李白は何だかわからず、視線をカーレンの左こぶしに送るだけであった。
「何ですの」
「これ……」
 ゆっくり手を開く。


 カーレンのあたたかく濡れた手の上に、白く輝く真珠のような何かが静かに存在している。
 神々しい白さである。李白の持つ白い珠と同じような白さでもある。



「杜甫ちゃんの、骨です」



 かつて、杜甫だったものが白く輝いている。
 その場にいた者は、息をのんだ。ただ李白一人を除いて。
「まあ」
 李白はあまりの驚きに無感情に聞こえるような声を出す。
 杜甫を創り支えていたモノが、カーレンの左の手から李白の右の手に移る。
 李白にとって小さかった杜甫がさらに小さく小さくなり、白く輝く宝に変わった。
 その宝が李白の両目に映る。はっきり映ったのは一瞬だった。次々に周りが滲み、白だけでない色が現れ出す。



 李白は、()きだした。



「りはくさん!」
 カーレンの声では正気には戻らないだろう。白の姫と判る以前の涙とは比較できない涙が、李白のまつげを白い肌を乱暴に濡らしていった。
 永い間、李白が懸命に隠した涙だ。その涙のひとしずくごとに数えきれない想いが潜んでいた。李白は己の白い肌に隠した涙腺に、想いを常に重ねていた。

 杜甫がいるからこそ彼女は涙を抑えることが出来た。そして杜甫がいるからこそ李白は杜甫だけのために涙を流すことが出来た。
 しかし杜甫がいない今、李白は、自分の涙の意味が解らない。


 死を悼んで悲しんでいる? 自分の非業を恨んでいる? 理不尽な死を怒っている?


 涙は、李白を揺らし続けていた。



 花火は黙っていたが、李白のむせぶ声にいつのまにか動いていた。

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