スピカは西対の、日の当たらない所で警備に当たっていた。
空は雲が覆って白い。むし暑さはもうとうに去って、寒くはなく、暑くもなく、読書などに適した健康的な秋の昼下がりである。スピカは、脇差よりも短く、ナイフよりは長い小刀の刃をすうっと撫でている。白銀にきらめく刃である。冷たい。
スピカは自分の顔を刃に映した。自分ではなんてことのない普通の顔だと思う。しかし誰かが見たらこの刃のように鋭いというだろうか。
そういえば火の島に行く前――それはつまり、スピカが仇を殺し損なった時、スピカはオーレを睨みつけたことがあった。
その時意外にも一瞬、あの飄々としていつも余裕な笑みを浮かべているオーレの顔が変化した。彼は、罪を弾劾されたかのような哀れな顔になったのだ。
しかし、それは本当に一瞬だった。刹那にも満たなかった――だがこうして覚えているということは、自分にとってそれがよほど印象深かったのだろう。そして彼はその後に、スピカに名を尋ねた。
その時の自分の顔はまさに刃物だったのか。
「スーちゃん」
カーレンの声がした。カーレンはぺたぺたと足音を周囲の音にはりつけながらスピカに近寄ってきた。
「さぼるなよ」
「だって、暇なんだもん」
よいしょ、と彼女はスピカの隣に腰をおろした。スピカは小刀を鞘に入れ、腰に掛ける。
しばらく静かな時が続く。ぶらぶらと、カーレンは足を動かしていた。
「杜甫ちゃんは元気だよねえ」
突然そんな風に話を切り出す。
「まあ、貴族としては元気な方だな」
貴族という枠組みではからなくても、一般的にも彼女は元気で明るい少女といえるであろう。
「李白さんは知的で、物静かだし。
――私とお姉ちゃんも李白さんと杜甫ちゃんみたいに見えるのかな」
どきん、とスピカは心を鳴らす。
火の島で最後に出逢った女性、マーラ。
カーレンの姉的存在。
雪のように白い肌にくっきりと染みるような、赤い血の目の存在。
カーレンは懐いているが、スピカもオーレも恐怖を感じた存在。
その恐怖が示すものは、すべての始まりなのか、終わりなのか、
わからないほど深く、息が詰まる。
「お前、あの人といつ頃出会ったんだ?」
「んー。すごく小さい頃。巫女をね、始めたばっかりの頃だった、かな。
確か……私のお腹を――ん? 何したんだっけ」
「その頃は、変な感じを抱かなかったか?」
カーレンは口をとがらせる。
「変なって……。スーちゃん、お姉ちゃんをそういう風に言わないで。
お姉ちゃんは素敵で綺麗で知的で優しくって穏やかで、
私に無いものをたくさん持ってて、それで不思議なところが魅力なのに……
島の人はね、他の人だったら歓迎するのに、お姉ちゃんだけは歓迎してくれないの。
嫌われ者なんだよ」
そして段々とカーレンは肩を寄せて困っていった。唇をすぼませて、泣きそうに眉根を寄せる。
「ごめん」
泣くなよとスピカは宥めた。
深く鋭い感受性があるからこそ、凡人には感じられない真のマーラが感じられるんだろう。
そうスピカは妥協しつつ、それでも火の島でスピカに喰らいかかってきた恐怖は、かつてスピカが追い込まれた恐怖と共鳴するものだ、と確かに感じていた。
「こぉーら。さぼるなよお二人さん」
与一の声がした。ぬうと背後に現れる。
与一は今日、たすき掛けでたもとを上げ、さらに袴を上げていて、動きやすそうである。