杜甫の部屋と衣裳部屋はなぜか、東対のうちでもあまり日が当たらない場所にあった。そのためよく杜甫は比較的明るい李白の部屋に来ては、絵巻を読んだり貝合わせで遊んだり、何気ない会話を李白と交わしていたのである。

 李白は御簾の隙間から入り、花火もそうした。
 昼でも大殿油の火が必要なのではというくらい暗く、李白はぞっとして、花火に気付かれないように懐の白い珠を握った。――いつも、根拠のない不安や恐怖を感じた時はそうしていた。

 いくつもの几帳が立てられ、二人の行く手を阻むようだった。
「いつもなら、こんなことはありませんのに」
 杜甫のいたずらかしら、と李白は思った。

 ひときわ高い几帳をどけようとした時、花火はそれを制した。

「どう、なさいました?」
「――嫌な予感がする。それに」
 花火は言葉を飲み込む。李白は小首をかしげた。


 ――血の匂いが、かすかにした。


 それもこの先を進めば確実に、大量の血が流れていることがわかる程のものが花火の鼻腔を通る。
 李白も血の匂いに気づいたようだった。品の良い仕草で鼻を覆う。
 花火は唾をぐっと飲む。李白は几帳から手を放し胸に手をあてた。落ち着いて、目を閉じた。そしてすぐに目を開ける。二人の鼓動は同じ調子で続いた。
 李白は几帳を恐る恐る、退けた。そして二人は少しずつ進む。




 しばらく進んだ先に広がる暗の空間に、杜甫があおむけで倒れていた。
 ただ、倒れているのではなかった。



  3    
プリパレトップ
noveltop

inserted by FC2 system