「だからさ、告白しちゃいなよ」


 地学の授業後の昼休み、二年一組の教室の窓際で、涼香はごく自然にむつみに言った。
「なんでそう、すぐ告白、告白っていうの」
 むつみは顔をあからさまに赤くして抵抗するが、涼香はぶわぶわ入り込んでくる強い風で涼んでいて、むつみの言葉は気にしていないようだった。窓際で暑いことは暑いが、今日は風が強いから逆に涼しい。むつみの前の席の友人・茜もむつみに気にせずジュースを飲みながら小説を読んでいる。みんな涼しい顔をしているわけだ。
「そんなに言ってないじゃん」
「言ってるよ」
 むつみは弁当箱を片付け始めた。本当は涼香の言うとおり、涼香はそんなに告白をそそのかしていない。これが三度目だ。それでもむつみは多いと思っているが、周りのクラスメート達に忠道への淡い恋心を知られたら、と思うとびくびくする。恥ずかしい。特に一組は男子が多いので、同性に知られるよりももっと気が逆立つ。
 あの甘い心地を、自分だけ味わえればいいから。心の自分自身にだけ、甘い愛の世界を堂々と伝えたい。
「わたしは別に片想いでも」
 口ごもりながら、弁当箱をかばんに入れる。
「えー? えー? いいの? ほんとに?」
 涼香は茶化すようにけらけら笑って言う。
「だって」
 そして疲れたように茶色い机に寝そべった。顔は涼香のいる方向に向けた。
「……ふられたら」
「ああ」
 涼香は失恋のことを頭におかず告白を勧めてきたらしい。むつみにはそれが腹立たしかったが、すぐにおさまる。涼香もすぐにいつもの調子に戻り、
「でも大丈夫っしょ! 先生女っ気なさそうじゃん」
とむつみの背中をばんばん叩く。茜はさっきから一言も喋らず、もくもくと小説を読み続けている。騒がしい昼下がりの教室に加えそばにうるさい涼香がいるのにものすごい集中力だとむつみはぼんやり思う。
「先生と女子高生のラブロマンスだよ? その気にならない男はいないって!」
「先生のことそんな風に言うのはやめてよ!」
 むつみは思ったより大きな声を出した。
 教室の喧騒にくるまれてさほど教室内に響かなかったが、涼香にはこたえた。
「……ごめん」
「……わたしも、ごめん」
 そしてむつみと涼香の間に無言がどんとやってきた。このまま、三人の間だけ無音で昼休みを終えるのかと思っていたが、意外にも茜が口を開いた。
「ね、むつみさ」
「えっ? は、はい」
「あんた進学するんだっけ」
「うん。そのつもり」
 茜は小説にしおりをはさんで閉じた。
「だったらさ、今しか自分の心を相手に伝える機会はないよ」
 茜は体こそ涼香の方に向いていたが、目はしっかりむつみと合わせていた。
「高校なんて二年の後半から勉強勉強ってうるさく言われるわよ。それに恋心なんてすぐ冷めちゃうもんだしさ」
「そんなこと」
「案外そういうもんだよ」
 茜は諭すように優しく言って微笑む。
「馬鹿にしてるんじゃなくて。大切にしろってことよ。自分だけの片想いに浸るのもいいけどさ、相手に伝えなくちゃ、そんなの恋愛としてカウントされないんじゃない?」
「あら、世の中的には片想いも立派な恋愛よ」
 涼香はちらりと茜を見る。
「私の意見だよこれは。まあ確かに片想いも恋愛っちゃあ恋愛なんだけどさあ……」
 言いながら茜は机の方に向き直って次の授業の準備をしていた。次は現代文だ。
「人と人とのコミュニケーションとして恋愛を見るなら、想いを伝えることは必須じゃない?
 まあ、この話はいいとして、何にせよ想いを伝えるのなら今がチャンスよ。
 そのあつあつなハートを今発揮しないでどうすんの」
 とんとんと、茜は教科書とノートを揃えて机に音立てる。涼香よりも静かに、しかし激しく告白をそそのかされて、むつみは答えに困っている。
「あんたまさか色恋沙汰のないつまんない高校生活を送るつもり?」
 涼香も茜の言葉に調子がのってきたのか、
「命短し恋せよ乙女っていうじゃない! 今よ今!
 修学旅行のお土産あげちゃったり、補習にちゃっかり地学とってることくらいお見通しなんだからね!」
 とむつみの体を揺らす。
「お、お土産なら他の先生にもあげたよ、涼香だって火崎先生にあげてたじゃん」
「全面協力するわよ」
 このこの、と肘で押してくる。むつみの言葉など全く聞いていない。涼香は最高の笑顔だった。むつみは苦笑いで答える。
「わ、わかった。考えてみる……」
 そしてむつみはようやく次のステージに踏み込んだのだった。他の人との対話でさえも苦手な自分に告白はできるのだろうか、と悩み始めたときにチャイムが鳴り、それと同時に教師が入ってきた。むつみはやや暗い気分で教科書をぱらぱらめくり始めた。

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