今年は大分早くから鳴きだした蝉の声が耳の奥底で静かに振動している。



 三階の物理地学講義室に少女は居る。スライド式の黒板をじっと眺めて、点在する古ぼけた机の上に腰を下ろして、見えない何かに浸っているようだった。
 南側に並ぶ窓の西寄りから、夜を迎えるため沈む太陽の残り香である光がこぼれてきた。今日の夕方も、昨日や一昨日と変わらず暑い。室内は、生ぬるい。蝉が鳴く以外は静かだ。三階の端にあるこの教室に、部活動の音はなかなか届かない。



 少女は思い切って教卓に進んだ。教卓は理科の実験用に用いられる真っ黒く、しかしひんやりとする台である。水道が左端について、黒板消しやチョークが右にある。
 教師が立つように、少女はそこに立つ。そして、表面に触れる。ひんやりしている。冷たいが、不思議と心温かい。少女の皮膚上を、電気信号ではない何かが駆け巡り、少女の持つ特別な心に届く。届いて、少女を甘く、愛しい気持ちで包む。
 それから両腕を枕にし頭を下げしばらく目を閉じてみた。愛しい強さも甘さも、いまだ少女を包んでいる。目をうっすら明けたときに眠気が、彼女の心の芯を染みつけ、愛しく縛り付ける何かに変貌した。




 少女は、このところそれがひどく、はげしい。
 特に、こうして放課後の、秘密の一時を過ごしているときは……。




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