翌日の金曜日が一学期の終業式だった。蒸し暑い体育館にところ狭しと生徒達が並び、うなだれつつも、ここを越えれば夏休みだという期待が、どの生徒の目にもらんらんと光って見えた。
 忠道は体育館の後ろの涼しい方にいた。むつみよりも後ろにいた。教師達は生徒達より早く職員室に引き上げる。教室に帰る際に会えない。夏休みの補習で会える、しかも告白までしてしまうのだから冷静に考えてみて今日一日顔を見れずともいいはずだが、そうはいかなかった。何の用事もないのに職員室に入ったり、その辺りの廊下をうろうろしたりする。
 変な生徒と思われるのは嫌だ。でも会えないのはもっと嫌だ。わがままな想いがどんどん、むつみを流れていく。鼓動が一つ鳴るたび、それを思い知らされる気がする。


 結局、忠道には会えないで金曜日は終わった。土曜日、午前中に部屋を掃除してから、午後に涼香、茜と会う。来週の花火大会の浴衣を買うためだ。涼香は浴衣だけではなくタンクトップやワンピース、アクセサリーに帽子なども買って夏休みの初日にさんざん散財していた。
 涼香は水色の浴衣、茜は白色、そしてむつみは、消極的な彼女にしては珍しく赤い浴衣を選んだ。いつもなら紺や黒という地味な色合いを好むのに、自分でもわからないほど赤に惹かれたのだった。
 途中に寄った喫茶店でしばらく気だるい会話をしながら一服する。話が落ち着いたとき涼香が言った。
「ねえ、告白のセリフ決めた?」
「え? 決めなくちゃいけないの?」
 静かな店内で、告白の四文字がずいぶん目立って聞こえた気がするのはむつみだけではないだろう。思わず返事をしてしまったむつみは当事者だと周りの人にばれてしまうのが恥ずかしい。
「いや、なんかきっちりしてるあんたなら決めてると思って」
 がしがし、とストローで飲み干したグラスに残る氷をいじめる涼香。
「どきどきして言うこと忘れそうなら決める必要もないと思うけどね」
 茜が言う。むつみはどうしようか、と逡巡した。決めずにいたら、その場の勢いでとんでもないことを口走るかもしれないし、かといって決めたら茜の言うとおり忘れてしまうかもしれない。
 でも、告白の文句を決めることで、今も揺れ続ける自分自身に何かしらふんぎりがつくかもしれない。固い決意を秘めた方が、失敗しても悔いが残らなそうだ。
 失敗、という十分すぎるくらい予期できる結末が、むつみを無重力に誘う。はあとため息をつき、むつみはグラスに半分ほど残ったアイスココアを飲まずに店を後にした。



 そして家に帰り、机に向かってみる。ノートを開いてシャーペンを持ってみる。しばらく何も浮かばず、今日の疲れもあってか両腕を枕に寝てしまう。起きなくちゃ、と思ったその時、遠くでドンという音が聞こえた。むつみは、花火大会が今日だったかしら? と思ったが、むつみ達が行く時とは別の新聞社が主催する花火大会の音らしい。
 試しにむつみは窓を開けてみた。視界の上部の片隅で、赤や緑の菊の花びらが見えた。金の稲穂もみえる。花火は小さく、すぐ消えてしまうながらも、むつみの心に深く影を落とした。
 その、小さくても美しい花火に、むつみの小さい体の恋心は後押しされて、ノートの片隅に小さく、しかしむつみにとっては大きすぎる想いたちが文字を媒介にようやく現れ始めたのだった。
 ばんばんどんどん、花火はたくさん上がる。会場では残像ですら美しく見えているだろう。書いている途中に、ふと思った。



「花火は打ち上げても、もし、花が開かなかったら、どうなるのだろう」



 そんなことあるはずない。そう思いながら再び筆を進め、思ったよりも短いが書き上げてしまう。そしてノートをそっとかばんにしまって、また小さな花火を見ることにした。

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