一行はしばらくバスに乗り、三国市の繁華街・大庭に程近い場所で降りた。春龍が目指し進む場所は、用水――清らかなせせらぎが流れる閑静な通り道だった。歩くだけで不思議と気分が落ち着く場所で、賑やかな表通りもいいが、風情のある裏道も捨てたものではないと思わせる。この辺りをあまり訪れない喜備は新たな魅力を見せる街にすっかり惚れ惚れしていた。
 道案内をするため春龍が先頭を歩くが、五人は人の迷惑にならない程度にまとまって移動し、会話を楽しんでいた。
 天気の話から、勉強の話や大学に纏わる噂や取り留めもない話、亮の小学校であったこと、彼と仲良くなりつつあるという、不思議な女装少年のこと、あらゆる話題が弾んでいた。第一印象の時を思うと考えられない程打ち解けている。ただ亮だけはまだ距離を測りかねているようなそぶりも多々見せた。その度春龍は困ったように笑う。子供好きの春龍からすれば、亮には是非とも気に入られたいだろう。
 やがて春龍は、多くの洒落た店と軒を連ねる、瀟洒な作りの小ぶりの洋館の前で止まった。そこは「三国紅茶館」というプレートが、営業時間の案内と共に扉に掛かっていた。
「ここ、喫茶店?」
「ええ。コーヒーなどもありますが、オーナーが紅茶好きなので、少し紅茶専門のお店に近いですかね」
 言いつつ、春龍は扉に手をかけ臆することなく店に入っていった。からんからんと古風なベルが鳴る。きっと常連なのだろう。喜備は自分には大人過ぎる雰囲気の店に進むことに若干躊躇したが、意を決して足を踏み入れた。美羽はともかく幹飛も若干戸惑っていたようだが、彼女らよりずっと年下の亮は既に我が物顔で入ってしまう。

「こんにちは、オーナー。思った通り、お暇そうですね」
 春龍は店の中央辺りに立ち、目線の先に立つ初老の男性にそう声をかけていた。
「今しがた、お客様が帰られたところだ。少し一服しようかと思っていたんだがな」

 渋みのある声でそう言うが、怒っているような雰囲気ではなかった。男は初老にしては少し背が高く背筋がぴんとしていて、眼光が鋭かった。視点が全くぶらつかないのだろうと、見る者に思わせるそれは、しかし怖いという印象は無く、厳しいもののどこか穏やかさがあった。

「それは悪い時に来てしまいましたね」
「本当にそう思っているのやら」
「おや、心外ですね」

 男性は春龍と長い付き合いがあるようだった。やれやれと言った風に肩を竦めた。しかしすぐに姿勢を正し、喜備達を見る。喜備は思わず身を震わせてしまう。それに気付いたのか彼は微笑して見せた。ようこそ、いらっしゃいませと会釈される。

「お前の……友達か。女性とは珍しい」
「変なことを考えているようですが、ナンパしたのではないですよ。お友達だと認められるかどうかの、瀬戸際ですね」

 春龍は困ったように頬を掻く。最初に幹飛と亮から飛ばされた敵意を未だ気にしているのだろう。段々打ち解けてきた幹飛はばつの悪い顔になったが、亮はそれほど表情を変えはしない。
「ご紹介が遅れました。こちらは三国紅茶館のオーナー兼マスターの黄桜忠士さんです。こんな堅物な顔とお酒のメーカーのような名前でありながら紅茶が好きで、それなのに純和風に弓道や茶道も嗜む不思議なお人です。私の父の友人なのですよ」
 色々と余計だ、と苦々しく零しながら、黄桜ですと頭を下げた。慌てて喜備達も頭を下げる。
「その、三国大学の一年の、柳井喜備と申します」
「そんなに固くならなくても大丈夫ですよ喜備さん」
「そうせざるを得ない状況に、お前が持ってってるような気もするけどな」
 亮の指摘にそうですか? と曖昧に春龍は笑った。そうしている間にぎこちなく幹飛が挨拶した。亮もそれに続いた。
「同じく一年の、関屋美羽です。あの、先輩は、もしかしてこちらのお店を手伝っているとか」
 そうなのですよ、とまた春龍の笑顔がきらりと咲く。出発前に見せていたそれと同質だ。
「英国暮らしが長かったものですからね。すっかり紅茶が好きになってしまって。趣味と実益を兼ねているというわけです」
 胡散臭そうな顔をした黄桜に気付いているのかいないのか、さあさあこちらへと春龍は喜備達を席に案内した。普段通り紳士的な動作であるもののどこか浮足立っているのは、やはり彼がこの店を気に入っているからなのだろう。
「オーナーが淹れたものも美味しいですが、私の紅茶もぜひ召し上がってください」
 そう言って厨房らしき所へ軽やかな足取りで進んでいった。黄桜もそれに続く。何やら気分良くハミングしながら作業しているようだ。喜備には少しその様子が見える。ポットを温めたり、喜備達の好みに合うような葉をわりと真剣な顔で選んでいた。きっと、慣れてはいるが決して雑ではない、優雅な手つきで紅茶を淹れていることだろう。
 幹飛は雰囲気がいい店ねと小声で言いながら、きょろきょろ視界を移動させている。美羽はそんな幹飛を微笑をたたえながら見守り、落ち着いた様子で腰かけていた。亮は喜備の隣に腰かけ、結構アンティークじゃねえのかと店内に置かれた家具などを品定めするように見ていた。


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