心配を具体的にどうすることも出来ないまま、約束の日を迎える。喜備の後ろには美羽と幹飛、隣には亮が並び、その四人の前に春龍がぽつんと立っている。その四対一の奇妙な構図は、たちまち喜備を気まずくさせた。
 しかし向かい合っている春龍はさすがと言うか、全く動じておらずいつものにこにこした顔を自分の名刺と言わんばかりに浮かべていた。後ろの二人、理性的で物静かな美羽はともかく、短気で何かと喧嘩腰な幹飛はあまり気の乗らない顔で、笑顔を浮かべる彼を眉唾ものを見るように見つめているのかもしれない。
 一応二人は挨拶する。学部が違えど先輩だ。幹飛もその辺りの礼儀は弁えておりやけに丁寧だった。だが人が見れば少し失礼かもしれないところがある。

「幹飛、もう少し愛想持って欲しいよ」
「でも喜備が男子の友達なんてねえ」

 明らかに何らかの偏見を喜備に投影しているようだったので喜備は少しむ、と眉根を寄せてこう返す。

「幹飛だって、希威馬君と友達でしょう?」
「きいま? あいつとは部活が一緒で、そりゃちょっと最初はいろいろぶつかってたけど、妙にウマが合うだけよ」
「世間では、そういうのを友達って言うのよ」

 美羽は微苦笑して肩を竦めた。
 きいま――越後希威馬は遠く北海道の地からこの三国大学にやってきて、幹飛と同じく教育学部と陸上部に属していた。四月の頃、幹飛はよく彼とは衝突していたようで、何かと幹飛の口頭に上がってはあれやこれや話していたことは、喜備と美羽、そして亮にとっては記憶に新しい。
 最初の頃はそれなりに手厳しい意見や印象が幹飛の大部分を占めていたが、今では随分丸くなり、よく冗談や何気ない話も交わしているようだ。たったひと月でそうなのだから、友達で無くて何というのだろう。

「亮君だけ挨拶終わってないよ」
「……わかってるよ。御法亮、三国第二小の四年生」

 よろしく、と締めた言葉もどこか不機嫌が感じられるものだった。しかし春龍はその不遜な態度に嫌な顔一つせず笑みを深くしてよろしくお願いしますと深々と頭を下げた。その様子を見てやや苦笑すると同時に、亮の特異性についてどう説明したものかと悩んでいたが喜備はふと気付く。

「亮君、学校は?」
「心配しなくても、サボってねーよ。今日は、早く帰れる日だったし」

 亮が言い終えないうちに、幹飛がふふーんと得意げに鼻を鳴らした。少しかがんで亮の肩を掴む。
「先輩、実はこいつは天才少年なのよー」
「何でお前が偉そうに言うんだよ」
 あまりにあっけなく喜備が心配していたことが伝えられたため逆に喜備は戸惑って亮と春龍を交互に見てしまう。その様子を見て美羽がくすりと笑ったのに反応してか、亮は幹飛から離れ伸びをしながら言う。
「まあいろいろ説明するとややこしいけど、とにかくただの子供だと思って舐めてくれたら困るかんな」
 ん、と伸びた手はそのまま春龍に向けられる。承知しました、と満面の笑みで握手する春龍はまるで亮の家にいる執事のようだった。二人は何とか仲良くなっていけそうだ、その予感によかったと喜備が胸を撫で下ろしたのを察してか、春龍は話し始めた。
「ところで皆さん。今日はこのまま学校でお茶会ということでよろしいのでしょうか」
「カフェテリアがあるし……私はそこでもいいかと思ってたけれど」
「なんていうか大学じゃ味気ないわよねー。って言ったって、代わりの案はないんだけど」
 なら、と言った春龍の目は一段と輝いていた。

「いいお店を知っているんです。そんなに遠くないので、どうでしょう」

 そんな顔をされると、未だ警戒心の強い幹飛と亮でも断りきれない。天気もいいしねと美羽は空を仰ぐ。雲の面積が少ない、まるで永遠に向かい合っている存在である海のように、空はどこまでも青く広がっている。
「喜備はどうしたいの?」
 空に向けられていたその目でそう訊かれる。彼と彼女達が仲良くなり、友達の輪が広がればいいと思っている以上、喜備は断る理由などどこにもない。美羽の空を仰いだ目が少し楽しげに見えたのは、天気の良さだけではない、錯覚でも無いと願いたい。


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