ともかく、清瀬はあの日のあの時間にぱっと、この世界から消えてしまったんだ。まるで、怖い歌にでも出てきそうな人攫いに音もなく連れて行かれるみたいに、世界から存在そのものが抹消されてしまった。

 ――パラレルワールド、並行世界というものがもしあるとするなら、清瀬由衣子と俺はもともと、おおまかには同じだけど、全く異なる別の世界を生きる人間だったのかもしれない。
 それが、あることがきっかけで一時的に俺と清瀬は一緒の世界を、一緒の時間を生きることになったのかもしれない。そうしている間、例えば記憶の整合性がどうとか、小絵の方の清瀬はどうなるのかという問題はあるにしろ――俺はこんな変な事態に、そう考えるよりほかなかった。一応、今でも。
 そして二人が元の世界に戻ったきっかけは、おそらく互いに夢の話をしたからじゃないかと思う。特に清瀬のはより暗示的な夢だっただけに、怪しい。
 しかしそれが本当であるかどうか、確かめるすべはない。……この話をお前にすることで、もしかしたら俺は、清瀬がいる方の世界に行けるのかもしれない。でも多分そこに俺の居場所はないんだろう。こっちに清瀬がいないなら、俺のいない世界であるはずだから。


 でも清瀬の隣が――時が経った今でも、俺の居場所であってくれるなら、いいなと思う。
 俺はそう願わずにはいられない。願うと言うよりもこれは祈りだ。








 清瀬がいなくなったことについて、俺は最近やっと整理がつくようになった。だからこうして話すことが出来るんだ。考えてみれば、俺の腕だって突然なくなってしまったようなものだ。並行世界が存在するかどうかは別にして、人の存在が突然消えることも――その世界にいなかったことになることもまた、有り得ることなのかもしれない。
 普通の人間だって、明日死ぬかもしれない。時間が決して無限じゃないように、命もまた無限ではない。生きているから死んでいく。生きることは前向きな自殺だ。
 命は有限なものだし、それが突然消えてなくなることだって、こういう形ではないにしろ、ままあることなんだ。――ともかく、誰かがいるなら、その誰かは死や別離によっていなくなる運命にある。
 清瀬には、それが訪れるのが単に早過ぎて、あまりにも唐突過ぎて、ちょっとばかし非現実だっただけだ。


 だから、自分の体のパーツ含めて、命は大切にしなさい。友達や家族や好きな人をきちんと大切にしなさい。
 そして、好きだとか、愛してるとか、もし伝えたい想いがあるんだったらちゃんと伝えろ。俺は結局、清瀬に好きだと伝えることが出来なかったんだから。それだけが俺の心残りだ。お前にはそうなって欲しくないんだ。


 これで俺の話は終わりだ。良い夢を見ろ。腕を失くす夢を見ないようにしろ。
 それじゃあ、おやすみ。




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