夜、李白と杜甫、スピカとカーレンは寝殿の李白の部屋にいた。秋の夜風が御簾のすきまをくぐって、琴を奏でる李白の白い指先、香を焚いている杜甫の鼻先を通る。いつもより多めに灯している大殿油の火も揺れた。琴をはじく指を休めて李白は言った。

「たった七人になってしまいましたわね」

 ため息をひとつ落とす。
「この家は広いと思っておりましたが、こうして人がいなくなると、
 思っていたよりもずっとずっと、広いんですのね」
 秋の冷たい風と重なり、その言葉は一層切なさを増した。

「でもわたくし、寂しくありませんわ!みなさまと、お姉様がいてくださるんだもの」

 しかし杜甫は秋のわびしさを一つも感じさせない風に、元気よく言った。このけなげで無邪気な妹に、李白はほっとして頬を緩ませた。カーレンも自然そんな顔になっていた。スピカは心に何か暖かいものを感じながらも、表情を変えることは出来なかった。

「琴、止まっちまったけど、大丈夫かい」

 御簾を上げて、与一が入ってきた。夜の色をした作務衣風の衣を着ている。後ろからオーレが続いた。
「聞こえてましたの」
「綺麗にな。――西対は花火がいるから、何とか大丈夫だろ」
 西対には杜甫の嫁入り道具の金銀財宝が詰まった場所があるのだった。
「――お一人で? 大丈夫なのでしょうか」
 李白は思わず訊いてしまった。
「大丈夫。あいつは火が使える」
「火が?」
 言ったのはカーレンだった。火の島で火の巫女という役目を務めていたから、気になるのだろう。

「おお。火が出せるし、火の中でも平気だ。
 なんでもあいつん家に秘伝の書があって、習得したんだってよ」
「花火君の家って、結構大きいお武家さまだったもんねえ」
 時代が時代なら、練馬家の次期当主として華々しい日々を送っていただろうね、とオーレはこぼした。李白はほんの少し目を丸くする。李白は花火の素性を知らない。スピカもカーレンも知らない。杜甫は気にせず、琴を引き寄せる。

「まー俺は実物少ししか見たことないけどな。
 ――でも信乃も双助もあんまりないって言ってたな」
 実は苦手なのかもな、火、と悪戯っぽく与一は笑う。ふうんと言ったきりカーレンは何かを考えるように自分のてのひらを見、赤い珠を取り出して見たりしている。

 李白は丸くした目を誰にも悟られることはなかった。誰にも悟られることなく元の目に落ち着き、その赤い珠をちらりと見た。そして杜甫が引き寄せていた琴を鳴らし始めた。杜甫は琴を姉に渡した後、うとうとしながらもその音色を聴き始めた。

「僕の方も準備ができたし――さ、スピカ君、東対を見てきなさい」
「言われなくても行きますよ。――準備って何です」
 スピカはオーレが呪術師ということをぼんやり思い出した。
「不逞の輩が入ってきた時にとっちめるようなお札とかだよ」
 李白の演奏を邪魔しないように小声で言った。

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