「ただそばに、火が灯っていればいいの」
カーレンは手を組み、祈るように目を閉じた。神聖でおごそかに見えるその仕草にしばし見とれてから、スピカは再び海の如き池を見つめた。そうしていながら、隣の姫のことを思う。
(そういえばカーレンは火の姫でもあるのか)
オーレが言っていた。確か彼は「赤は火を司どる」とも教えてくれたことをスピカは思い出した。……もっとも、彼にとってはあまり「教えてくれた」とは思えないものだったのだが。
(火の島にいた時、服乾かしてたりなんかしてたけど、
花火さんみたいに、得体の知れない力のように――火を放ったりするのか)
と思うが、スピカは花火の術を見たことがない。気づけばカーレンも池を見ていた。二人の間を秋のそよ風がかけ抜ける。家全体が静かである。
(火の他に、四つあるんだ)
京への出立の前に、里見の城の書庫や辰川家の書斎で本を何冊か読んだ。オーレが陰陽道云々と言っていたので、それに関する本をめくったのだ。陰陽道に関して、知らなかったわけではないが、知識を補強するものになった。
スピカは思い出す。
金――石や鉱物、木、土、そして、水。
二人の目の前に、海のように底の見えない池を満たしている水である。水面は一つの波紋も放ってはおらず、やはり静かであった。
(他の姫も何か出来るのか?)
スピカは池から遠い渡殿に座って、水面をじっと見つめた。水面もスピカも無口だった。
「スーちゃん?」
先日の城内の時のように、カーレンが視界にひょっこり入ってきた。スピカはまだぼうっとしていたが、カーレンの目の色で気がついた。
カーレンの目は、燃える血潮の如き赤だ。
その瞬間スピカは身震いをして数歩ほど引き下がった。カーレンはその行動の真意がわからず、首をかしげていた。スピカは突然思い出したのだ。つい最近と、十年前とを。
家族を虐殺した男。
スピカが最も憎み、そして恐れを抱く、あの柳のような男も、カーレンと同じ赤い目をしていた。
鼓動が高鳴る。
スピカとカーレン、二人の距離はそんなに離れてはいなかった。
カーレンはスピカの突如舞い降りた恐れを感じ取ることができた。カーレンは笑ってみせた。
スピカの左の手に、カーレンの右の手が重なる。
スピカは自然と恐れがひいていく心地を覚えた。
カーレンの目はやはり赤かったが、今はそれに恐れを抱かない。二人の重なった手を、冷たい風がくすぐっていく。