西園寺家に雇われていた用心棒や護衛が次々と辞め始めていったのはその日からだった。
 それだけでなく、牛車の管理者や女房達、雑役達も、辞めていった。固く、しっかりと閉じ切った宝石袋の底に穴が開いたように誰もがぼろぼろと、西園寺家を去っていった。

 去る者は追わず、またすぐ人が来ると思っていた李白は、古参の女房まで生家の都合、子供の出産、育児、隠居などと退去の理由を李白の前に丁寧に並べるので、大変驚いていた。こうして李白邸から人が消えていっている。




 その様子を密かに窺う輩がいた。輩――彼は乞食の身なりで西園寺邸と程好い距離を置き、屋敷観察に尽力し、数日後に西園寺邸からさほど遠くない、しかし京の都から外れた山に登り、数名の仲間らと落ち合った。
「おかえり。どうだ何か変わったことはあったか?」
 京や和秦の衣類とは一風変わった趣の服をまとった、大柄で、そして色が白い男は彼に尋ねた。

「なんでか、人がどんどん抜けちまってんだ。シュリ姉、どう思う?」

 奥の方に座っていた女性――少女に近い――は立ち上がった。
 シュリと呼ばれた彼女は真っ黒の、体の形にぴったりと合った服を身につけていた。
 尻の土を払い、近づいてくる。


「おおかた、あいつが裏で手ぇ回してるのよ」


 そして両こめかみの辺りでくるくると丸まった髪を撫でる。
「最後の一人が今日の夕方出ていく。
 ――でも、和秦の里見だか安房だかから来た連中は去らねえみたいだ」
「構わないわ。人数でいえばあたしたちの方が断然多いもの」
 ぞろぞろと、シュリの周りに男女十数名が暗がりから現れた。
 皆、目がぎらぎらと、力強い何かが灯っていて、その視線は李白邸へと注がれている。

「夜には動かないでおいて、昼間に動こう。スキをつくつもりでね」

 シュリは空を見上げた。朝方はまずまずの晴れだったが、少し雲が多くなった。
「この調子じゃくもりってところね。――明日入るわよ」
 シュリは出来る限りの人々と目を合わせた。
「大丈夫なのかシュリ姉さん」
 若い男が問う。シュリは軽く口の端を上げて
「なに、あいつに火でも放ってもらって注意引いとくわ」
と頼もしげに言い、不安を払拭した。しかしそれから眉を顰めて、


「あんな奴に手伝われるのは癪だけどね」


と呟いた。

 2   
プリパレトップ
noveltop

inserted by FC2 system