海の向こう、幸せの島




 ある老人の死がカーレンに伝えられたのは祭の翌日。早朝だった。老人は、カーレンの友人、ティヌーの祖父・ヌシーカカーレン自身その病状が悪化していたのは知っていた。
「そうか」
 カーレンの祖母、ハーツは訃報をきいて、何か考えてからそう言った。
 ヌシーカとハーツは懇意にしていたらしい。ハーツには残された想いが重く、大きく、彼女を圧し――それだけしか言えなかったのだろう。押しつぶすそれは即ち悲しみだった。高齢の彼女はまた、何人もの死に遭遇しているだろうし、過ぎてゆく命の蛍火を見ていくだけしかない、ある種のあきらめもあるかもしれないと、スピカはたかをくくった。
 彼は巫女がこの島で何を担当するかまだ知らない。
 カーレンとスピカ、オーレとシリウスは、死者の家に弔問に出かけた。





 カーレンの家から近い所に死者の家はある。南の海岸にも近く、大洋の香りが鼻先をくすぐる。
 もう弔問客が家の前に集まっては頭を垂らしている。お互いに話をする者や、喪主らしき男性と何か言葉をかわす者もちらほらいた。
 一人でたたずむ少女が、何かをこらえるように、その人だかりから外れていた。カーレン達が見えると、
「カーレン!」
と高い声を出してカーレンの胸に飛び込んできた。
「ティヌー」
 すぐに、嗚咽がきこえた。カーレンの呼びかけにも顔を上げず、ただひたすらティヌーはむせび泣いていた。人の悲泣は、あたりを静かな海に落とす。スピカもオーレも、シリウスでさえも、その海をかきわけ陸にあがることは出来なかった。

「――カーレン」
 ようやくティヌーが巫女の名を呼ぶと、また目の淵から涙をこぼれさせ、こう言った。
「お祖父ちゃんが……」
 再び、たまらなくなって言葉が続かなくなった。カーレンは母のように、彼女を優しく包み込んだ。


「私、何も出来なかった。……命が延びるようなこと、何にも!」
 少女はカーレンの衣の端を、強く握る。
「ただそばにいることしか出来なくて、祈りなんか届かなくて、
 すぐそこにいるのに、手がつかめなくて!」

 悲しみの握力が皺を作る。そこにも絶望の涙が流れていく。


「私がいたのに、何にも出来なかった!」


 言葉が堰を切ってカーレンの耳に、スピカの耳に流れ込んでいく。
 その悲痛な叫びがスピカの全細胞をふるわせる。


 そして通じるのはまた、炎の記憶。




「私の命なんていらないから、もっともっと生きて欲しいのに!」




 スピカは生ぬるい息をのんだ。

 それは、「一緒に死にたかった」とほぼ同じことを言っているんだろうか。

 あの紅蓮の炎の中で、スピカも、そうしたかった。
 だが今、スピカはスピカの命を持っていて、スピカはスピカの命を燃やしている。

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