「――あのねティヌー」


 優しく、カーレンは呟いた。ティヌーはいまだ顔をカーレンの胸にうずめている。

「そんなこと言ったらだめだよ。
 ティヌーのお祖父ちゃんは、ティヌーにもっともっと生きて欲しいんだから」

 あやすように、諭すように、カーレンは続ける。

「ティヌーの命はティヌーだけのものじゃないよ。
 そして、そんなに簡単に捨てられるものでもない。
 ティヌーの命は、お父さんやお母さん、お祖父さんやお祖母さん、
 そして、ティヌーにうまれる新しい命にまっすぐに貫かれてるから」

 さも当たり前のような微笑みで言葉を止めた。

 スピカはそれを、まるで時のつらなりのようにとらえ、またオーレもそれに同調したようだった。
 時間という鎖、いや神聖な糸が、刹那の薄層を貫いて、龍のように優雅に動く。
 そして命もまた動く。
 どくんと血液がスピカの体内を駆けた。



「だから生きていかないと。ティヌー自身がお祖父さんの大切なたからものだから。
 お祖父さんの分も楽しく生きていかないと。それがお祖父さんの願いだよ。



 一本の命の糸で、ずっと、何があってもつながっているから」



 大人しくなりつつあったティヌーはまた新たな涙を流した。だが今度は安らかな涙のようだった。その悲痛な表情も峠を越え、力の抜け切った無表情が、やがて治っていく。
 スピカはただ呆然と、魔法をかけられたようにつっ立っていて、他の二人は遅くやってきたハーツとともに死者の家に入った。
 オーレも何か、複雑に思うことがあるのか、沈痛な面持ちでいた。
「私たちは和秦から来たものですが」
 しかしオーレはつとめて、葬式の場にふさわしい出来る限りの明るい顔をした。
「異教で恐縮ですが、死者のために経を上げさせて頂きたいのです」
 と、ティヌーの母らしき女性にオーレは申し、シリウスも頭を下げた。彼女は快く返事をし、死者の為になるのなら、と二人を奥へ招いた。

 やがてカーレンも家へ上がるやいなや、ハーツの後に従い奥へ入っていった。スピカは手持ち無沙汰になって、宙を見つめた。
 経を上げるオーレとシリウスの声や、死者が横たわる黒い空間にぼつぼつ上がる蠟燭の火。スピカは深い森に迷い込んだ旅人のようにめまいを感じた。


 その酔いの中で、ティヌーを抱くカーレンを想起した。

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