そして浜辺に辿り着いた。強く、刺すような新たな朝日が昇る。
 水平線は変わらずまっすぐで、空は薄紫、明けの明星がどこかに見えた。


 ここはスピカがカーレンに出逢った浜辺であった。相変わらず無駄な音は欠片もなく、ぞっとする静けさであった。
 目の前に広がる有機の海に、無機質な音の世界はどういうわけかおそろしく調和している。
 また、何かが彼の胸に襲いかかって来る。


 来る。きっと来る。


 その時、水平線から思わず目をはなした。そして発見した。
 カーレンがいた。


「スーちゃんおはよう」


 にっこりと微笑んだ。スピカは何の返事もできずに黙るしかなかった。カーレンは、燃えるような赤いワンピースである以外は、髪や刺青や肌の色、赤い瞳は変化なかった。
「スーちゃん。大丈夫? 気分悪いの?」
 そう言って近寄る彼女を、手で制した。
「いや、大丈夫」
 手をおろし、二人は自然と見つめ合った。
 それからカーレンが海の方を向いたので、スピカも向いた。
「あのね」
 光がにじむ海に話しかけるようにカーレンは話し始めた。


「ここから見える水平線の彼方に、死者の行く幸せの島があるの」


 再び二人は見つめ合う。無言が長く続き、どちらともなく海に目を向けた。
 島は、もちろん見えない。
「この浜辺は火葬場。だから、誰もいない。ここにいると、自然と感じてしまう」
 何を、とスピカが訊く。

「――はっきりと言えないけど。
 ここで一人ぼうっとしていると、幸せの島に、死者の集まる島に、自分もそこへ、行きたくなる」

 カーレンはスピカの方を向いた。じっと彼女の横顔を見ていたスピカは胸が高鳴ったが、静寂の中で響く波の音がなだめた。


「スーちゃんそうだったでしょ」


 どきん、と、静かさと彼女の存在に圧迫されていた胸が、飛び上がる。
 しかし、カーレンはそれを知らず涼しい顔をしていた。


 死者の島。幸せの島。


 世界のあらゆる場所の死者が集まるというなら、あの時湧き上がった懐かしい心地はまぎれもなく、家族が引き起こしたものだった。
 もう十年も前に、(はかりごと)で焼き殺された父と母と多くの姉たちが、スピカを呼んだ。
 そこへ、行きたい。



 命なんかいらないから。
 陽姫のことも玉梓のことも十二星座の運命のことも全部、全部、いらないから――
 だから。



「だけど、スーちゃんがそこに行くには、まだ早いから。
 そう思ったから、あの日、声をかけたの」


 揺れるスピカの心を、カーレンの言葉がしっかりおさえた。呆然としてスピカは改めて彼女を見つめた。優しい目。穏やかな目。


 そして、あの炎のような赤。


 スピカを流れる赤が速度を増す。生の方向へか、死の方向へか、スピカは知らない。

    5
第五話
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