生きなくちゃいけないよ。


 その言葉が炎の如く揺らめいた。彼女が諭したあの言葉を、スピカの脳が何度も再生する。声が何度も塗り重ねられていき、波紋の震えがスピカを震えさせる。
 彼女はただ喋りただ走り、そしてスピカの手をひっぱって、火の前で踊って、そして笑っていただけの巫女ではなかったのだ。


 気付いたら、死者の間には無数の蠟燭が灯っていた。そして、スピカはあっと驚いた。


 まるで死者を包む花の如き火の中に、カーレンがとても美しく、居た。
 そして屍を見つめている。優しく、慈悲深き瞳。
 ゆらゆら火が動いて、カーレンは静かな海を影だけで泳いでいる。
 ここは南国。土地柄に馴染まないほとんど締め切った部屋に、命を終えた肉体と火の花に包まれ命を燃やす巫女。熱くはないか、腐臭はないか。そんな平凡なことを考えるスピカの頭がぼつぼつ、あの絵を浮かばせる。

 炎と、敵と――自分。
 十年も前の一枚絵が浮かんでくる。心の中に埃は降らない。
 スピカの真空の空間に埃は降らない。



 憎しみと後悔だけが時を重ねる。



「カーレンを包むあの火を火葬に使うんだよ」
 と、スピカが完全に絵を浮かばせる前にハーツが耳打ちした。スピカの絵はとたんに霧散した。
 ハーツとスピカは無言で互いの顔を見つめ合っていた。しびれを切らすように、
「――ここは汚れるから、外におゆき」
とハーツは背中を押した。
「あれは巫女の仕事だから、意外に思うことはない」
 そしてスピカはまたちらりと火中のカーレンに目をやる。弔問客や、親族らしき人々と壁を挟んで会話している。穏やかな瞳、柔和な顔。そして時々笑う。ほんの少し、笑う。そして時々悲しそうに瞳を閉じる。弔問客を通して死者を語り、死者を語る。

 死を厭うのでなく、死を静かに見守る。

 カーレンから目をそらし、スピカはハーツの言う通り外へ出た。

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