「オーレさん。ひどいこと、って」
 カーレンがぼんやり呟いた。夢の中で浮かぶようなぼやけた声だった。花火と与一は依然焦土を見つめていた。李白とスピカは話の続きを待っていることを、オーレを見つめることで表わした。
「女の子四人は玉梓の力を特に受け継いでいるかもしれないから――


 一人は水責めで溺死した。一人は生き埋めにされ、一人は人柱として金属と共に溶けた」


 その言葉の意味を、スピカも、李白も、カーレンも、いっぺんに理解することは出来なかった。ただ壮絶な死に方をしている、ということが二人の眼前に確かな存在感を発揮していた。
「溺死した池は北の磨羯宮に、生き埋められた場所は東の白羊宮の大きな木が生えた辺りだ。金属と共に溶け死んで石柱になってしまったその場所はここから先――西の天秤宮にある」
 スピカの頭で何かと何かが繋がり、明滅した。李白は蒼白の顔でオーレの声を受け入れて、少し遠くに見える棒のような柱に初めて注目した。そして、カーレンの目は大きく開いていた。一瞬の内に消えた炎の槍のような衝撃が甦った。もう一瞬で消えることはなく、彼女の脳内をびゅんびゅん駆け巡っているのだった。
「さっき言ってたプレセペは、火あぶりで死んだ。当時海外の方で魔女狩りっていって、不思議な力を持った女性をことごとく火あぶりで虐殺していくことが異常に流行していて、それが影響していたんだろう。プレセペは巫女をやっていたから」
 オーレは一同に背を向けた。オーレの眼前に焦土が広がっている。オーレの顔は悲しげに歪んでいた。やや、うつむく。
「オーレさん。じゃあ、ここで――」


「そう。ここでプレセペは焼け死んだんだ。そして、何十年経った今も、ここは焦土のままなんだ」
 オーレは振り向いて、カーレンを見つめた。スピカも見つめる。


 火は、カーレンの愛するものである。火の島で生まれ育ち火の巫女として成長し、そして火の姫としてスピカやオーレ、その他の九人と同じように運命に立った。
 その火が、何十年も前の蟹座の巫女を消した。焼き殺した。黒く焦がす、太陽の光よりも熱のある、殺意を沿わせた、むせかえる炎の中で。それは同時にスピカの炎の記憶をめらめらと、スピカがまばたきをするたびに暗闇に浮かばせた。とても短い間、しかしスピカを逃さずに痛めつけていく。血液の流れがそれに応じて速くなり、スピカを熱していこうとする。


 その時、スピカの手に誰かの手が触れた。気付いて見てみると、その白い下地に赤い紋様の入った手は明らかにカーレンの手であった。カーレンが、地獄の底から一筋の細い糸を見つけ、必死に手繰ってきたように、誰にも渡さないように、スピカの左手と自分の右手を強く、重ねた。そのふれあいは暖かくスピカの体に馴染み、スピカの頭の中で繋がり、明滅していた何かを忘れされた。
「それをやってしまったのが、里見初代と私の辰川家なのだ」
 枯れたシリウスの声だった。
「里見初代――殿の祖父上と伺っております。……ですけれど、それは本当のことでしょうか」
 李白の問いはもっともなことだった。陽仁の絶えることのない穏やかな表情、陽星の民のための未来に開かれた無邪気な笑顔。そして陽姫の、プリンセスパレスでの光。スピカは頷いた。カーレンはずっとうつむいていたが、スピカが頷くのと同時に繋いだ手に力を込めた。その時カーレンが顔を上げる。
「疑いたい気持ちはわかる。殿や若――そして陽姫の先祖がそんなことをするとはとても思えまい。しかし機密の文書に初代本人の筆跡でその非業が記されていて、辰川家ではその過ちを犯したことを悔み――子孫に伝えている」
「この十二宮は――だからその十二人のための慰霊の役割も果たしている。僕らが生活することも一種の慰霊であり、虐殺を忘れ得ないことになるんだ」
 オーレは再び腰を降ろした。
「何の罪もない十二人を――特に四人を、特にプレセペを虐殺したことが、玉梓の呪いの原因さ。すべての始まりの始まりはそこにある」
 オーレは人知れぬようにため息をついた。



 それは確かに、始まりの始まりなのだろう。しかしオーレの耳に響く、自分が犯した罪を冷たく弾劾するもう一人のオーレの声は、それは玉梓と里見家との因縁の始まりに過ぎないと言う。オーレの始まりは、オーレが動きたくとも動けず、目を閉じたくても閉じられない、彼にしかわからない過去にあるからだった。その時からずっと今も動けずにいる。ことによると始まりが凍結して、まだ始まってすらいないのかもしれなかった。



 スピカとカーレンは死の土を見つめていた。黒く、茶色く、何の生命の香りもしないところから、玉梓の呪いが蛇や蔦のように、二人を含んだ十二人と陽姫にまっすぐ向かい、絡みついていくようにスピカには感じられた。そしてまざまざと、陽(ひ)の裏にある陰(かげ)を感じた。
 カーレンがスピカの手にもっと力を入れて手を絡ませた。スピカはそのことがきっかけで以前、プリンセスパレスで感じた、十二人に貫かれた何かをまた漠然と感じた。スピカは、今回はまやかしとは思わなかった。まやかしよりも強い何かでなければ、スピカもカーレンも、その場に立ってはいられず、たちまち玉梓に、プレセペの悲しみに飲まれてしまうところだったが故である。


 スピカは当たり前のように、カーレンの手を握り返した。

   4
第二話へ続く
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