「玉梓も巫女だったんですか? 私と同じ」
「カーレンのやってた巫女と、和秦の神道の巫女っていうのは、少し違いがあると思うけどな」
 スピカは言う。李白はカーレンを見ながら頷いた。
「梓って知ってる?」
「植物の……ミズメのことですよね」
 振り返ってオーレは微笑む。
「さっすがスピカ君。それじゃ梓巫女は?」
 褒められて不覚にも喜びにやけてしまったが、肝心の巫女については知らなかったので、オーレから目をそらす。オーレは小気味よく微笑した。
「梓巫女っていうのは、梓弓の弦を鳴らして霊や異形の力を操る巫女のこと。玉梓はそのことも含めていろんなことにもの凄く霊験あらたかだったんだ。それを買われて、里見家の前にここらへんを治めてた神余家――まああとから山下って男に乗っ取られて山下家が領主になるんだけど、玉梓はそこの書官女になった」
「ふうん……でも霊験あらたかなのと書官女なのは関係ないと思うんですけど」
「美人だったんだね」
 オーレは話を逸らすように、再び唐突に、おどけて言った。
「もう、ありとあらゆる男性をメロメロにさせちゃうような……」
 彼は口を微かに動かして、何かを言葉の最後に付け加えたようだった。
「何でも良かったんだろう。神余の当主が、自分の傍に彼女を置ければ。彼女が神余の側室になるのにそう時間はかからなかった――そして、十二人の子を儲けた」
『十二人!?』
 三人は三人なりに大声を出す。
「十二人って……オーレさんいくらなんでも多すぎじゃあ……正室もそこまで産まないでしょう?」
「僕が産んだんじゃないよ。それに事実だしね。正室はとっくに死んでて、実質玉梓が正室だったらしいよ。さて――最初は真面目だった神余はだんだん政治をしなくなって、毎日玉梓や遊女たちと遊び呆けるようになって、この安房の土地は大変なことになってしまったんだなあ」
 オーレは空を仰いだ。
「オーレさん。その十二人の子供も遊んでたの?」
「十二人は真面目に働いていたよ。もともと玉梓も真面目だったらしいし、どの子もきっと良い子だったんだろうけど」
 彼は言葉を濁す。
「けど?」
「まあスピカ君おききなさい。んでそのうち玉梓は神余から悪臣の山下に男を乗り換えて政治を乗っ取ってしまった。策略で神余は殺され領主は山下に変わり、ますます安房の土地も民も困窮していった」
「自分らの父親が殺されたわけだから、その十二人の子供達も、母親をなんとか正常に戻そうと、必死だったかもしれない」
 今まで黙って煙管をふかしていた花火の突然の発言に驚き李白が振り返った。
「十二人全員が、同じ父親だったとは限らねえけどな」
 続いて与一も発言する。
「――そして、辰川家……私の先祖が里見家初代を奉じて山下家を倒した、ということだ」
 シリウスが言う。カーレンが感じた彼の悲しみは、既にスピカも気がついていた。今もなお悲しみは消えず、なお深くなっているとスピカは彼の表情から読み取る。この仁政の礎として貢献しているのに、どうして悲しみの表情がと、スピカは思う。
「領主の山下定包は戦の途中で殺され、玉梓は捕えられた。その美貌で命乞いをしたが……結局、初代と辰川家は彼女を殺めた。目を潰し、首を斬った」
 う、とカーレンはうなって目をぎゅっと閉じた。スピカは不安げに彼女を見てしまう。
「まあ、『目』という器官に何かしら『力』があったんだろうね、首を斬ってからでも呪われそうな力とか。……問題はここからなんだよ」
 そしてオーレは立ち上がりうんと伸びをして一同と目を合わせた。スピカには不思議とオーレが痩せたように見えた。髭も少し整っていない風だった。
「十ニ人はね。八人は男の子で、四人が女の子だったんだ」
「それじゃあ、僕らの割合と同じ……」
「そう。で、その女の子四人のうちに、プレセペという子がいた。生まれた時から体が弱かったから、欧名をつけてプレセペね」
 あ、とオーレは場の雰囲気にそぐわない間の抜けた声を上げる。
「カーレン君とスピカ君にはちょっとわかんないかもしれないけど、海外で使われている文字や言葉で名前を付けると丈夫に育つ、邪気が払われるっていう伝統が和秦にはあるんだ。僕やシリウスさんみたく何かの機会に改名したり出家したりする時にもね」
「ふうん。あ、オーレさん、プレセペって、蟹座に関係した名前じゃないですか」
「ほうやっぱり博学じゃないスピカ君。そのことに言及したのは双助君に続いて二人目だ。プレセペは蟹座の生まれだったからだよ」
と、オーレはカーレンを指さした。同じだねと彼は言いたげだった。そうする前から、オーレはカーレンを見ながら話をしていた。その目線はかなり意識的なものだとスピカは読んだ。カーレンはこれから始まる話を予感しているのか、どこか真剣な横顔だった。その横顔を少し見つめながら、スピカは続く話に耳を傾ける。
「玉梓は体の弱いプレセペを可愛がった。玉梓の力を一番受け継いでいるのも彼女だったようだ。資料を見ると彼女も巫女と似たようなことをやっていたみたいだし、多分一番愛されていた、ということ。最年少でもあったからね」
 話を戻す、と小さく咳払いをした。
「残された十二人のうち、男子八人は全員首切り。斬首、だ」
 す、とオーレは己の首の前で手を引く。
「何にもしてないのに?」
 カーレンが目を丸くする。
「――何もしていないわけじゃない」
 黙っていたシリウスの声に一同は彼を見る。
「彼らは必死で安房を救おうとしていた。しかし、ただ、玉梓の子というだけで――私の先祖たちは」
 まるで地獄の底からその言葉を取り上げるようにシリウスは言ったのだった。彼はうつむく。
「もっと――もっと、非道いことが」
「シリウスさん。僕が言いますよ」
 駄目だ、と顔を上げオーレの言葉を取り下げる。オーレは力なく頭を振ってどこか清々しく、笑った。
「こういう汚れは僕が背負うもんですよ」
 その言葉は霞むような声で伝えられた。


 オーレは自分の背後の、もう一人のオーレを感じた。夢の中で自分を苦しめたオーレではない。十年前も、今も、変わらずに動けずに、ただ汚れてゆき、自分自身に背中を見せ続けるオーレであった。

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