しばらくして里の一番大きな家屋につく。信乃と双助が足を休ませて寛いでいると、たちまち日が暮れて夕食時となった。食事のためわらわらと人が――特に子供が集まってくる。みるみるうちに居間は子供達の声で溢れていった。信乃と双助は一部の子供には明らかに不審がられもしたが、そのうちすぐ彼らから、お前らは誰だどこから来た何で来た今まで何をしていたかと質問攻めにあっていた。全てに答える前に花依と、花依より少し年下というくらいの少女達が膳を抱えやってきた。


「こら、走り回るんじゃないの! 怪我するわよ」


 続いてシュリもやってきた。はぁいシュリ姉ちゃんと子供達はけらけら笑ってはしゃいでいた。どたばた床を鳴らす音がとても愉快に聞こえる。彼女は上座に座った。信乃と双助は客人扱いで上座の近くに座った。どうやら里の殆どの人間が、この居間に集結しているらしく、シュリはその様子から実質一番の権力者のようだった。といっても、ここにいる人々は若者ばかりなので権力といってももたかが知れている。しかし頼もしく見えるのは事実だ。
「こんなに賑やかで楽しそうなご飯って、おれ生まれて初めてかもしれませんよ、信乃さん」
「ほんとだな、おれもそうかも」
 そう言い合っていると、膳がいつの間にか並んでいた。もちろんこんな辺境にある里で、人数も多いためお世辞にも豪勢なものとは言えなかったが、信乃と双助二人のものは他の膳に比べると少しばかり豪華なようだった。一品料理が増えていたり、量が多かったり、という具合だ。信乃の隣の席に花依が座った。少し照れながら、しかし何の違和感もなかった。まるでずっと昔からそうであったように、双助の眼に映る。
「花依ねーちゃんずりいよ! 信乃兄ちゃん達の方が多いー」
 当然反発が上がった。どうもここの調理担当は花依のようだった。
「お客さまなんだから、当然でしょう? さあ、いただきましょうね」
 ごく自然に子供たちをあやして、いただきますと子供達の大合唱へ誘った。シュリもしぶしぶ、といった表情で花依を見ていた。何組もの会話が飛び交い居間はたちまち、食事の前よりも賑やかになった。信乃と花依も、ここに来る時のように話を交わす。それを聞き、そして賑やかさの中にいる自分を見出した双助は不思議と気分が高揚して、粗末な食事も随分美味しく感じられたのだった。
 やっぱりみんな揃ってご飯はいいものだ、いつか十二人が全員揃って、陽姫も復活したら、城のみんなで、こんな風に食事が出来たらいいのに――そう考えていたその時だった。


 がたん、ぱらぱらっと近くで何かが落ちる音がした。


「! 花依、さんっ?」


 どうも花依が食器を落としたらしい。木製だったので破片が散った様子はない。見ると花依は信乃の肩によりかかっていた。場は沈黙に包まれ、シュリも箸を置いていた。
「姉ちゃん、またかかったの?」
 かかった? と双助は首を傾げる。信乃は顔を赤くして体を強張らせているようだった。ひゅーひゅーと二人を囃してくる声が次第に高くなっていき、ますます彼は困っていった。
「だーっ、あんたたち少し静かにしてっ」
 シュリが周りを鎮ませ花依の傍に行き、優しく体を揺らしながら彼女の名を呼ぶが、花依は覚醒する気配がない。
「どうしたんですか? 花依さん」
 信乃はまだ緊張して何も訊けないようだったので双助がかわった。


「ああ、花依はね、霊がとりつきやすい……霊媒体質なのよ」
「へえ」


 ということは今彼女には霊がとりついていることになるのか。意識はしばらくすれば戻るわとシュリは横顔を向けた。そっとしておきたい。双助は思う。そしてシュリの、友を思う眼差しもそう語っている。
「ほら、花依から離れて」
 シュリは花依を抱えて奥に消えてしまった。気付けば場は賑やかさを取り戻していた。花依がああいう状況になるのは頻繁にあるものなのだろう、そしてこの里の人々はもう慣れてしまっているのだ、と双助は思った。
 信乃はぽっかり空いた隣を見つめては食を進めていた。物理的に空いたものと、精神的に空いたものを、あるいは考えているのかもしれないと、ふと思った。


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