信乃さま――
 花依も一緒に、連れていって――









 はっと花依は目を覚ました。そしてついさっきまでの記憶を思い出し、自分がまた自失状態に陥ったことを知る。
 物心ついた頃から何度もやってくるこの現象には慣れている。しかし、さっきまで見ていた夢にはどうにも慣れることはなかった。続けて見るのがここ数日という短い期間なのもあるが、内容も何も思い出せないのに、花依の感情の泉を乱していくのである。それは姿を見せない何かだった。ただこれだけは言える。怪物でも恐怖でもない、――胸を締め付けて、花依をどこか別の世界に溺れさせるもの。
「あ、起きた?」
 シュリの声がした。行燈をつける音がして、すぐぼんやりと明かりが灯る。
「大丈夫?」
 シュリは、普段なかなか見せない柔和な表情をしていた。いつも厳しい目つきや言動をする彼女が自分にはこういう優しい態度なので、花依は何となく申し訳なく思ってしまう。いつもそういう顔をしていて欲しい、そう心の端で思いながら花依は微笑する。
「うん、大丈夫」
 そして花依は行燈のほのかな光を見て、少し間をあけてシュリに言う。


「最近、同じ夢ばかり見るの」
「悪夢?」
 横になったまま、花依は首を振る。
「ううん……違う」


 そして、その夢がどんな感情を喚ぶのか、花依はしばらく目を閉じて思う。目を閉じたまま、呟く。



「切なくて、悲しいんだけど――でも、愛しくて、懐かしい感じがするの。……そんな夢なの」



 そう残して再び夢の世界へ迷い込んでいった。
 シュリは首を傾げながら花依の布団を直し、光を消した。





 花依の夢の中では、何度も何度も同じ情景が、声が繰り返される。
 それを花依は忘れて現実に浮上していくが、その情景も声も、信乃が、双助が、そして花火が知っているものであることを、彼女も彼らも知らなかった。



    5
黒の章第二話に続く
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