やすらぎの隠れ里



 翌朝、二人は山道を闊歩していた。冬の始まりとは言っても山なので、雪は当然降るだろうと思いきや、まだ降っていないようだ。秋が冬に向けての準備を終えた、という表現が似合う山道だった。きっと降る時にどかどか降るのだろうと信乃は思った。
 獣道でない道を探しては通っていく。昼食を摂り、また歩き続けていくと――二人はあるものを発見した。
 地面のそこかしこに、獣を捕える為の罠が設置されているのだ。


「双助、これ!」
「対イノシシ用、というところでしょうね」


 双助は屈んで罠を検分する。イノシシは作物を荒らす獣、その被害を防ぐ為罠が設置されているということは――二人は顔を合わせた。
「人が近くに住んでる!」
 やったと二人は両手をあげて盛り上がり、点在する罠を辿っている内に、明らかに人の足跡であろうものも発見でき、そしてついに二人は山の向こうにある人里らしき風景を微かに捉えたのだった。それからはそこを目指してただ駆けた。やみくもに突き進もうとせず、怪我をしないように二人は山を何とか降り切った。少し進むと、その人里へ出たのである。
 二人が共通して思ったことは、その里がとても長閑に見える――ということだった。
「似てますね」
「うん……何だか随分と懐かしい」
 思い出すのは、二人が出逢った村のことだ。その村を出たのはつい最近だった――しかしそう思うということは、それだけ旅が長く、また日々が強烈だったのだろう。
 ところが規模はその村よりもずっと小さく、人家も見える限りでは、片手で足りる程の数だ。
「とりあえず行ってみよう」
「そうですね」
 言って、双助はふっと吹きだすように笑った。
「どうしたのさ」
「いいえ、懐かしいものですから、昔を思い出して。信乃さんは、相変わらずだなと」
「それ、どういう意味だよ」
 ごめんなさいと双助は言うがやはり笑い混じりなので、信乃はふくれっ面で先を行く。まあまあと追いかけながら優しく宥めるので、まあいいかと微笑し、並んで歩いた。


 畑には人がおらず、収穫などはもうとっくの昔に終わってしまったようだった。何の彩りもない少し荒れた畑が無言で二人を迎える。山中と同じく、冬への準備をし終えたというところだなと思いながらあちこちを見ていた。双助もきょろきょろと目を動かしている。なにせこんな山奥にある人里だ。少数民族の村かもしれない。
 人影が見えた。少女のようだ。腰より上くらいまで伸びた黒い髪を風になびかせて、後ろ姿をこちらに見せている。信乃は彼女を見つめる。
「あの人に話を聞いてみましょうか」
 双助が言うので、信乃は頷く。すみません、と声をかけようとする前に少女はこちらに気づいたのか、振り返った。
 彼女の顔を見た瞬間、信乃も双助も、目を疑った――実はまだ眠りから覚醒しておらず、夢を見ているだけなのではと――そう思ったほどに、現実は二人にとって驚くべきものだった。
 額にかかる前髪、丸くてぱっちりと開いた目、桃の花のような頬、紅梅のような唇、そして、頭に二つ、本当に咲いているかのような――白い花の髪飾り。着物は和秦のものではなく、華北独特のものだったが、その少女の姿は、瓜二つであった。



「花依?」



 そう、信乃のかつての――亡くなった婚約者の、花依という少女に。




1    
プリパレトップ
novel top

inserted by FC2 system